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死は身近にある

なんだか物騒なタイトルになってしまいました。

 根も葉もない噂話に飽きてきたころには、王都からすぐそばの街まで来ていた。このまま王都に向かってもいいのだが、何となく気分が乗らないので一泊して行くことにした。

 

 もうすっかり日は暮れてしまった。俺たちがいるのは、王都のすぐ北に位置するローバラという街だ。比較的規模は大きいが、もちろん王都とは比べ物にならない。街並みに特徴はなく、ここから王都の城壁さえ見えなければ、王都に近いことなどわからないだろう。

 

 街に入るや否や、嫌な言葉が聞こえてくる。

 

 「もうすぐ、国境の英雄エルが帰ってくるんだってよ!」

 

 「ぜひ、お目にかかりたいものだわ!」

 

 「マラキアン家の三男坊だよな。昔見たことあるぜ。やっぱり風格があったもんなあ」

 

 「もうこの街にいたりしてな!」

 

 こんな感じで街が騒がしい。ここで休もうと思っていたが、果たしてゆっくりできるのか不安だ。

 

 救いがあるとすれば、乗っている竜車は質素なおかげで目立たないことだろうか。何とか宿に辿り着いた。王都からほど近い街に国境警備隊のグレーの制服を知っている者などなく、宿での受付は普通に突破できた。

 

 食事をとるため、街に繰り出す。宿にも食堂はあるのだが、明日の朝に利用する予定なので、夕食は別のところで食べたいというわがままを発動した。

 

 名物も何もないような街だが、たまたま入った店のチキンが美味かった。それ以上の感想は特にない。

 

 宿に戻り、ベッドに倒れ込む。

 

 「移動だけでもけっこう疲れるなあ。砦へ行くときと同じ道のりなはずなのに、気分が違うだけでこんなにも疲れるものなのか」

 

 気を強く持たねば、これからの地獄を生き延びられないぞと自分に言い聞かせる。俺はなあ、前線で死ぬために国境警備隊に異動したわけじゃねえんだ!アホか!絶対生きて帰って、死ぬまで窓際ライフを送ってやる!

 

 仮に南方前線に送られたならば、即座に驚くほどの無能ぶりを証明して、すぐにソーン砦に帰ってやるんだ!と悲しき誓いを立てて、その日は眠りに就こうと思ったが、無能だったら前線で処分されてしまうだろうことに気づく。いざとなったら、また逃げよう。逃げるは恥だが、役に立つのだ。

 

 騒々しさに目を覚ます。時間は真夜中。誰かの誕生日パーティーがちょっと盛り上がりすぎてしまったのかもしれない。英雄である俺のために静かにしてくれないかな……というのは冗談です。

 

 明日は忙しいから早く寝ようと思ったとき、ドアを叩く音。

 

 「副長官、自分です。アレクであります」

 

 小声だったが、何か焦っているような声音だった。

 

 「何かあったのか?」

 

 「目の前の宿で、人が殺されたらしいです」

 

 言葉を失ってしまった。数十秒前まで誕生パーティーがどうのとか言っていたが、真逆と言ってもいいようなことが起きていたようだ。

 

 とりあえず、アレクを部屋に招き入れて話を聞くことにした。アレクは少しモジモジしていたので強引に部屋に入れてしまったが、トイレにでも行きたかったのだろうか。だとしたら申し訳ないが、少し我慢してもらおう。

 

 「自分もここの宿の人に聞いただけで、人が殺されたということ以上の情報ありません」

 

 「そうか。こんなところで珍しいよな。って、アレクはここら辺の人間じゃないからわからないか」

 

 「そもそも、我が国でこのようなことが起きること自体驚きです。ギルドが力を持ち始めて、こういうことって特に少なくなっていましたし」

 

 「そうだな、俺もそう思う」

 

 ロウマンド王国、それもローバラのように王都に近いところでは、人による殺人は少ない。人によるというのは、魔物による殺人は少なくないということでもある。それはさておき、人による殺人が少ないのは、国民生活の満足度が高いことが理由として考えられる。だが、それ以外に決定的な理由がある。ギルドの存在だ。

 

 ギルドというのは比較的新しい組織で、端的に言えば同業者の集まりだ。もともとは各街に独立して存在していたが、近年では同種のギルドが連携し、巨大化が進んでいる。

 

 で、そのギルドが街の自治を担っているのだ。有名どころでは、冒険者ギルドが挙げられる。冒険者というのは、魔物退治だとか用心棒だとかをやってる自由人みたいなやつらだ。家に縛られないその自由さには憧れてしまう。他には、鍛冶師や薬師、商人のギルドなんかもある。

 

 冒険者ギルドは軍とも関りが深いらしい。らしいというのは、俺が実際に関わったことがないからだ。どういう風に関りがあるかというと、冒険者ギルドには腕の立つ冒険者がいて、そいつらが我が国の非正規軍に参加してくれるのだ。

 

 ギルドによる自治が浸透し始めて約五十年。今回みたいな殺人ってのは減っていた印象なんだが、まさかこんなところで遭遇してしまうとは、ついているのかついていないのか。

 

 「でも、情報がないんじゃ話し合うこともないし、俺たちは大人しく寝るとしよう」

 

 「それもそうですね」

 

 「じゃ、おやすみ」

 

 「お、おやすみなさいませ」

 

 アレクが顔を赤くして出て行った。よほどトイレの限界が近づいていたようだ。なんだか悪いことをしてしまったな。

 

 殺人と聞けば穏やかではないが、軍人は戦争で死ぬし、冒険者は魔物に殺される。普通の市民だって、流行り病が起きれば大勢が死ぬ。死は意外と身近にあるものだ。

 

 とはいえ、俺はどうにも死、ことさら自分の死というものが怖い。こうして殺人が起きると、それを意識させられてしまう。


 まあ、こうして騒ぎになれば犯人もこれ以上殺人を犯すのは難しいだろうし、あまり気にしなくてもいいはずだ。もちろん、気にならないと言えば噓になるが、明日は俺にとって大事な一日だ。夜更かししないでさっさと寝るに限るな。

 

 若干の不安を拭い切れぬまま、俺は眠りに落ちていった。

読んでくださってありがとうございます。

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