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変な噂

少しだけ長くなってしまいました。少しだけです。

 俺はアレクと雑談を続けた。

 

 「中央は初めてなの?」

 

 「初めてであります!」

 

 ほーん、初めてなのか。そりゃ、そういう言う身でも緊張するかもな。こんな辺境とはまるで違う世界だから。都会と田舎、好みは分かれるだろうけど、俺は断然こっち派だ。あそこでの生活は、もう疲れた。

 

 はっ、いかんいかん。これからの旅、ずっとこんな暗い感じで行ったら、着く前に病んでしまう。何か楽しいことを考えよう。

 

 少し考えたが、楽しいことなんて何もなかった。朝早くて眠いし、寝よ。

 

 

 

 寝ていたら、アレクに起こされた。どうやら宿場町に着いたらしい。いやー、もうぐっすり寝たから休まなくてもいいくらいなんだけど、アレクとピーちゃんに休んでもらわないとだからね。俺もついでに休んでおこう。

 

 それにしても、最近の冷え込みを除けば、実に快適な旅だ。我が国では、領土の主要な場所に行くときには、街道に沿って進むだけでいい。百年前くらいから街道は石畳で整備されていたんだが、ここ最近は土魔法でさらにきれいに整備されている。このおかげで、竜車の揺れも最低限に抑えられているのだ。自分勝手なのは重々承知だが、こういうところだけはロウマンド王国を褒めたいと思う。

 

 

 

 はい、やってまいりましたー。今日のお宿、銀熊亭。ここには、王都からソーン砦に行くときにもお世話になりました。部屋数は多くないですが、その分、サービスのきめ細やかさに定評があります。お値段は少しお高め。なので、アレクは別の宿に泊まっております。これぞ、貴族の特権。使えるものは使うスタンスです。

 

 そして、ご覧ください。これが今日のディナー、シルバーベアのシチューです!ここの名物なんですが、シルバーベアの狩猟に成功したときしか食べることのできないんですねー。多くても一年に三回ほどしか提供されない、まさに幻の一品となっております。

 

 前回の訪問時には頂くことはできませんでしたが、今回は頂けるとのことで、本当にラッキーです!今日みたいに寒い日に食べると、また格別でしょうね!

 

 では、一口。

 

 ……え、なにこれ。うっま。いつぞやに読んだ旅行記チックな脳内語りをやってたんだけど、素に戻っちゃった。

 

 なんて表現すればいいのかな。シルバーベアの肉の迫力がすごいんだよね。豪快な斬り方でゴロゴロ入ってるし、シチューの味付けにも負けない強い肉の味。そして、噛もうとするそばからホロホロと儚いまでに崩れていく。これは、歯を使わなくていい肉です。強さと儚さを同時に体験できて、野生という概念そのものを食しているかのようだ。……どういうこと?

 

 セルフツッコミをかましつつ、シチューの分析を進めていく。肉がすごいからって、他の具材やシチューそのものを消しているわけではないんだよね。肉が柔らかい代わりに、他の具材は割としっかりしているし。これは手抜きではなく、きっと計算によるものだ。柔と剛の完全なる調和がそこにはあった。世界がこのシチューだったら、争いなんてないはずなのに。……どういうこと?

 

 独り占めするのが申し訳なくなる美味さだった。アレクにも食べさせよう。

 

 呼んできて食べさせたら、アレクは泣いて喜んでいた。

 

 

 

 昨日の晩餐は最高だった。幼いころから美食に触れ続けてきた俺が言うんだから、間違いない。お勤めの最中にあんなものを食せるなんて、こればっかりは呼び出しに感謝せねばならない。

 

 これでリフレッシュできたし、腹を括って王都でかましてきてやるか。

 

 

 

 二週間と少し経った。朝は寒さで動きの鈍るピーちゃんだが、それでも体が動き始めればけっこうなスピードが出ている。早ければ今日の夜にも王都に着いてしまいそうだ。ここまで来ると、行きたくない気持ちが増大してくる。シルバーベアのシチューによる幸せチャージももう切れちまった。

 

 こんな俺とは違い、アレクはどんどん元気になってきている。肌とか髪のツヤがよくなってるような気までする。そこらへんの女の子にも勝っているのではなかろうか。もちろん、こんなことをアレクにも女の子にも言ってはいけないのは、重々承知している。双方に嫌われる発言だから、みんなは気を付けてくれよな。


 アレクが元気なのは、俺との旅に慣れてきたってのもあるだろうが、やはり王都が楽しみなんだろうな。典型的なお上りさんって感じだ。ちなみに、ピーちゃんはいつも通りだな。


 「いやー、もうすぐですね!」


 アレクのあのガチガチぶりは、もうなくなっている。


 「お前は楽しそうだな、俺は気分が暗いよ」


 「えっ、何かご不快に思われるようなことを……」


 「いや、違うよ。俺はな、王都が嫌いなんだ」


 アレクは驚きの表情。ああ、言ってしまった。ここまでアレクの楽しみな気持ちを潰してしまわないようにしていたのに。しかし、俺はそれを貫くことができなかった。王都が近づいてくるにつれてどんどん陰鬱になってきて、とうとう言ってしまった。


 あー、俺って嫌な上司だな。嫌な人間と言った方がいいかもしれない。自分のきめたことも貫けず、人を傷つけてしまうとは。まあ、今に始まったことじゃないけど。


 「す、すみません。黙ってしまって。少し、驚いてしまったもので」


 「ん、謝る必要はないだろう。こちらこそ、君は王都を楽しみにしているのにすまなかったね」


 アレクは驚きすぎて声も出なかったらしい。そうだよね、王都アストラと言えば、国民の憧れだ。それは彼も例外ではない。それを嫌いだと言われてしまえば、驚くというか嫌な気持ちになるだろう。


 「え、いや、自分は別に楽しみとかではないです。王都を観光する時間もありませんし」

 

 そうか、仕事で行くんだし観光する時間もないか。国境警備隊のくせに、意外と融通が利かないんだな。

 

 「驚いていたのは、副長官の噂って本当だったんだなって」

 

 「噂?」

 

 なにそれ、怖い。どんな陰口をたたかれていたんだろう。

 

 ――と思っていたけど、全然違った。全然違ったけど、陰口とはまた違った厄介さのあるものだった。

 

 アレクが言うには、俺は国境防衛に関する意見が本部と対立して、流血沙汰を起こし、本部を強引に納得させてソーン砦に来たという噂があるらしい。貴族が国境警備隊に来るなんて相当なレアケースだから、どうにかしてこじつけようとした結果のようだ。他にも、陰謀論的こじつけも後を絶たないんだとか。


 そして今、俺が王都嫌いというのを聞いて、それは本部のことが嫌いなんだと解釈し、噂が本当なんだと思ったらしい。俺が流血沙汰を起こすように見えるのか?

 

 でもたしかに、貴族で国境警備隊なんて聞かないもんなあ、と改めて自分のダメ貴族ぶりに気づかされるいい機会となりました。

読んでくださってありがとうございました。

感想・批評等お待ちしております。

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