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アンデッド侵攻事件に関する考察

アンデッドの侵攻について、リューの仮説とのちの歴史家による解釈を書いてみました。

読んでも読まなくても本筋には関係ないですが、事件について疑問点があればこれで大体解決できるのではないかと思います。

この話ではストーリーが進まないので、夜にもう一本投稿する予定です。あくまで予定です。

 その後、私はあの炎を起こしうる火魔法について調べた。が、なんの情報も得られなかった。私が知らず、ここまで調べても出てこないとなると、他の可能性を考えた方がいいかもしれない。すなわち、あの炎は単一の魔法によって引き起こされたものではないという可能性だ。

 

 しかしその可能性を探っても、明確な答えにはなかなか辿り着けなかった。だが悶々とした日々を送り、他の仕事にも支障をきたしそうになっていたころ、私に天啓が下りた。ジーズ教徒でない私にも啓示をもたらしてくれるとは、神とは寛容なものだ。……こんなつまらない冗談を言ってしまうくらいには、私は興奮していた。

 

 あの炎は、予想通り二つの魔法が組み合わさって起きた現象なのだ。わかってしまえば簡単な話だった。まず、火の点きやすい気体を集める。そして、それに火の玉で点火する。たったこれだけだ。火の点きやすい気体とは、おそらく沼気。あれは、生ものが腐るときに出る。アンデッドたちはもともと人間だ。その体が朽ちていくときに、大量の沼気ができたと考えられる。

 

 本来なら生物の死体は、沼の中では数年のうちに腐ってしまう。したがって、古代の死者たちから出た沼気が今も残っているのはおかしい。しかし、魔力を保持している“モノ”は、この世に存在する力が強い。存在する力が強ければ、この世に長く残り続ける。すなわち、腐りにくいということだ。


 古代の人間たちは、現代の人間よりも遥かに多い魔力を持っていたと考えられている。そうでなければ、アーティファクトなどの人智を超えた存在を肯定しようがないからだ。そしてにわかには信じがたいが、沼に沈んでいた死体は最近になって腐敗が進み始め、ちょうど私たちが攻撃を仕掛けるタイミングに大量の沼気が発生していたのだろう。

 

 今ある情報から考える最もありえそうな仮説は、以上のようになる。この仮説なら、何をやっていたのかわからない大勢の魔術師、突如現れた火の玉、火の玉が消えて炎が上がったこと、これらすべてに説明が与えられる。


 この仮説が間違っている可能性がないわけではないが、この説明以外の場合なら、もうロウマンド王国を正面から落とす方法は思い浮かばない。例えば、大魔法一つで十万のアンデッドが焼き尽くされたのならば、そんな大魔法を対策できるはずもないからだ。


 だが仮説が正しいとしても、それはそれで恐ろしい。あの規模の空気を制御するのは、至難の業だ。我が国の魔術師では、全員総出でようやく実現できるかどうかだろう。


 そして真に恐れるべきは、この作戦を立てて実行に移した者がいることだ。果たして、どこまでが計算のうちだったのだろうか。この作戦立案者には、最大級の警戒をしなければならない。


 それにしても、沼のアンデッドの存在を知ってるものがいたことが驚きだ。あの歴史書を読んだことがなければ、知り得ない情報なのだから。あの歴史書の複製本があったとなると、こちらが掴んでいる情報は向こうも掴んでいると思った方がよさそうだ。歴史に無頓着なロウマンド人だと思っていたが、どうやら変わり者がいるらしい。


 さらには、沼気に火が点きやすいということまで知っていた。私はあの炎について調べている途中、とある思索家の著作に書かれてるのを読んで初めて知った。そのおかげで今回の仮説を立てるに至った。知識量では、現時点で私の一歩先にいるのかもしれない。


 あの砦には、紛れもない天才がいる。敵ながらあっぱれ、こんな言葉が実によく似合う天才が。そして、この国で千年に一度の天才と呼ばれる私を打ち負かしたその者に、次こそは目にもの見せてくれよう。


 「ロウマンド王国、底が知れぬな」


 私は自室で静かに呟いた。つもりだったが、自らの思いのほか楽しげな口調に苦笑せずにはいられなかった。



 

 


 ソーン砦へのアンデッド侵攻事件で、注目すべき点は二点ある。一点目は、エル副長官の非合理的意思決定。二点目は、魔術師隊の失敗である。

 

 まず、エル副長官の意思決定について。彼の想定では、火球の着弾と同時に爆発し、それがアンデッドたちを葬るはずだった。このことは、彼の手記から明らかになっている。しかし、現実はそうではなかった。火球が着弾すると、音を立てて炎が上がったのである。そして、炎は沼気を辿って後方まで伸び、アンデッドたちを焼き尽くしたのだ。この辺りの事情は、スイートランドの軍師リュー・エクレールによる考察と併せて考えると、理解しやすい。

 

 

 そもそも沼気に火をつけても、急激な爆発は起きない。したがって、エル副長官の当初の作戦のように特定のポイントに沼気を集めて火をつける作戦では、後ろのアンデッドまで炎が届かずに大量の残党が発生したはずである。

 

 だが、彼は作戦を変更した。理由は定かではないが、それは重要なことではない。ちなみに私見を述べるならば、己のプライドを守りたかっただけなのではないだろうかと考えている。より重要なのは、沼気に火をつければ大爆発すると思い込んでいた彼にとって、この作戦変更は非合理的だったことだ。

 

 そして、魔術師隊の失敗について。彼らは、沼気を集めることに失敗していた。正確を期するならば、半分成功半分失敗といったところか。集まった気体が沼気だけだったならば、上手く燃焼が起きなかったはずだからだ。

 

 つまり、沼気を集めるのに程よく失敗して、燃焼に丁度よい空気と沼気の混合気体が出来上がっていたと考えられる。そんなことが起こるわけがないと、読者の皆さんは眉を顰めていることだろう。だが、実際に起こったことなのだ。砦の魔術師隊が、精鋭ではなかったがために起きた偶然と言える。この点に関しては、おそらく軍師エクレールも勘違いしていた。

 

 エル副長官は非合理的だと思いながら、実は合理的な意思決定をした。魔術師隊は成功したはずが、実は失敗していた。これらの事象が組み合わさり、一番望む結果を引き寄せるに至ったのだ。


これを偶然と呼ぶ人もいれば、運命と呼ぶ人もいるが、私としてはどっちでもよい。言葉遊びに付き合う気はない。ただこうした意図せぬ結果の積み重ねが歴史を作ってきたのだと意識することが、日々を豊かにするのではないだろうか。


 以上、ありきたりに体裁よくまとめたつもりだが、後世の人々には、いや現代に人々にも嘲笑され、唾棄される考えかもしれない。だが、それもまた歴史だ。(ガブリエル・エヴァンズ、『歴史とは何か―事実と解釈―』)

読んでくださってありがとうございます。

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