作戦失敗
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夢でも見ているようだった。それも、とびきりの悪夢を。十万のアンデッドが燃えるさまを、どうして現実として受け入れられよう。
アンデッドたちがいるのは砦のそばで、こちらからは一キロメトル以上離れている場所だ。それでも炎の激しさがわかる。
そんな炎の中でも、アンデッドたちが歩みを止めることはない。痛みを感じることはないからだ。しかし、痛みを感じなくともその朽ちた体にはすぐ限界が来る。長い時を経て復活した戦士たちは、やがて灰のようになって崩れ落ちていく。
「ど、どうされますか……」
目の当たりにした異常事態に、将軍も動揺している。どうするも何も、こんなことはさすがに想定外だ。即座に次の一手を絞り出すことなどできない。
「そうだな……少し、考えさせてくれ」
そうは言ったものの、目の前の光景はどこか現実離れしていて、思考がまとまらない。だが、私は軍師。現実を受け入れ、冷静に合理的に考え、最適手を打ち続けるのが仕事だ。いつまでも呆けているわけにはいかない。
まずは、現状確認から始めよう。混乱している頭に、思考を強制させる。
ああなってしまった以上、アンデッドは使えない。アンデッドが砦にダメージを与えられないとなれば、当初の作戦は失敗である。しかし、重要なのは作戦を成功させることではなく、ソーン砦の攻略という目的を達成することだ。では、この状況から砦の攻略可能性を探ることこそが私の仕事だろう。
偵察兵によれば、砦の上にはかなりの数の魔術師がいたという。複数人で大魔法を行使するというのは見たことがあるし、あの炎は大魔法の類なのか?
いや、それはおかしい。ロウマンド式魔法は、古式魔法と違って準備に時間がかからない。複数人で行使する魔法でも、タイミングを合わせる掛け声があるくらいだ。ロウマンド式魔法の特徴は、高速で高火力。だからこそ、今のような軍事大国と成り得たのだ。
このことを考慮すれば、集まっていた魔術師たちがアンデッドを燃やした可能性は低い。そんな魔法が使えるなら、集まった時点でさっさとアンデッドを燃やしておけばよかったからだ。だが、集まって何もしていなかったというのもおかしい。したがって、直接的に炎を起こすような魔法ではない、何か他の魔法を使っていたと考えられる。
これ以上考えるには、情報が足りないな。そういえば、報告にあった火の玉というのは何だったのだろうか。
「偵察兵、火の玉はどのようにして現れた?」
「はい。小さすぎて、こちらに近づいてくるまで見えませんでした。そのため、いかにして現れたかは……」
なるほど。最初の報告においては、火の玉の大きさに言及してもらっていなかったな。火の玉と言われて、火魔法による火球程度の大きさを想像していたのだが、違ったか。
「今はその影がないようだが、そこへ消えた?」
「あ、はい。申し訳ございません。あの火球がアンデッドに触れようかという寸前、突如としてあの炎が上がったのです」
「なに!?なぜそんな大事なことを報告していない!」
「……あまりの光景に、気が動転してしまったもので」
それもそうか。私も焦りすぎていたようだ。
「いえ、滅相もございません」
火の玉がいつ現れたのかわからないとなると、魔術師たちがそれを作り出したことも否定できない。だが、見つけるのも困難なほど小さな火の玉があんなに大きな炎になることがあるのだろうか。
わからないことが多すぎるな。これ以上、現状の分析は不可能か。こうしている間にもアンデッドはその数を減らし続け、全滅は時間の問題となっている。早急な決断が必要だろう。
ここにいる百人だけで、あの砦を攻め落とせるだろうか。厳しいと言わざるを得ない。考えたくもないが、あの炎を巻き起こす魔法が連発可能なのだとしたら、今から攻めるのは自殺行為だ。
あの魔法がないとしても、一千人近い砦の人員を百人で相手にするのは、いくらシュガ族でも難しいだろう。王から預かったこの兵たちを、無理な戦いに送り出すことはできない。
アンデッドが一掃されることを考慮していなかったのが悪かったのか、人数を絞りすぎたのがまずかったのか、ソーン砦を狙うのが間違いだったのか、すぐには答えの出ないような問いが繰り返し浮かぶ。
しかし、簡単に答えの出せる問いも浮かぶ。こちらに被害を出さずに砦を攻略できるのか、だ。この問いには、否と答えるしかあるまい。
アンデッドが燃え尽きるさまを、最後まで見届けた。焼けた野原が痛々しかった。そしてそれとは対照的に、何事もなかったように聳え立つ砦のなんと高いことか。これがロウマンド王国、二五〇年間無敵の最強国家なのだ。
「総員、撤退だ」
本陣に戻り、指示を出す。私を信じてついてきてくれた兵たちには、本当に申し訳ない。
「わかりました」
私はよほど酷い顔をしていたのだろう。いつもは血気盛んな兵たちが、大人しく従うのみだったのだから。
国に戻り次第、王に報告した。あの惨劇を、ロウマンド王国の強大さを。そして、十万のアンデッドを一度に焼き尽くす魔法の存在を。
当然、お叱りを受けるものと思っていた。打ち首もあり得ると覚悟していた。しかし王は、そうかとだけお答えになり、また腕を組んで目を瞑った。これを見て、王がまだ諦めていないことを知った。
私はそれが嬉しくもあり、悲しくもあった。嬉しかったのは、王が諦めておられないことと私に再挑戦する機会があること。悲しかったのは、王が今回のソーン砦攻略を無理だと思っていたのではないかと感じてしまったことだ。
できると思っていたならば、失敗の報告に驚き、私に失望するはずだからだ。最初から成功を期待されていなかったからこそ、王は今回のような無感動な態度をとられたのだろうと思えてならない。
いや、考えるのはやめよう。私ごときが、王の心中を察する資格などない。私が考えなければならないのは、まず今回の失敗の原因、そして次こそ攻略するための作戦だ。
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