上二人が最悪な砦
百話です!と言っても、別に特別なことはありません。
読んでくださってありがとうございます!
「は、早く、幹部たちをアジトに帰さないと!」
アネモネは半ば錯乱の様相を呈している。
まだこの場にファルサ・ウェリタスは用意されていないから、ラヴが嘘を言っている可能性も否定できない。仮に本当のことを言っていたとしても、アネモネの言う通りに幹部をアジトに帰してしまっては、砦の情報をただで渡すようなものだ。危険すぎる。
アネモネがこんな簡単なこともわからないはずがない。落ち着いて説得すればわかってくれるはずだ。
「帰したって、こいつらが今日の出来事を話せば、総攻撃が始まるのは目に見えてるだろ?」
「でも、ボンドさんはどうなるんですか!?」
「それは……」
具体的な名前が出ている以上、ボンドさんが人質に取られている恐れは大いにある。このまま幹部を帰さなかったときには、ボンドさんがどうなるかは想像に難くない。
「副長官、ファルサ・ウェリタスです」
俺が答えあぐねていると、そんな耳打ちとともに、手のひらサイズの水晶玉が手渡された。ラムがマルヌスに見せていたものとまったく同じ見た目をしている。
これで一言問えば、その返答によって、ラヴの言葉の真偽が確かめられる。できれば、保身のために飛び出た嘘であってほしいものだが。
「ありがとう。――で、ラヴ。さっきまでの話は本当なんだろうな?」
「本当だよ?」
すぐに己の手の中を見る。アネモネも俺と同じ場所に視線を注いでいる。ファルサ・ウェリタスの反応は……ない。
「そうか。信じよう」
口では自主的に信じようとしている風に装ったが、ファルサ・ウェリタスの反応がなかった以上、信じざるを得ないというのが実情だ。
「この少女、ラヴが言うことを信じるとして、副長官はどうされるおつもりなのですか?」
アネモネは震える声で言った。ボンドさんが人質であることが明らかになった上で、こうして俺に判断を委ねるというのは、並大抵の精神力でできることではないだろう。
アネモネがこうして真摯に意見を求めてきているのだから、俺も真摯に回答しなければならない。
「俺はソーン砦の副長官だ。砦に、ひいてはロウマンド王国に最も資することをする」
「ということは、ボンドさんを見捨てるということですか?」
「そうは言っていない。俺はこの砦に来て日が浅い。だから、そのボンドさんがいなくなることで生まれる損害がどれほどのものかわからない。ボンドさんの救出は、砦の情報を漏らすことと釣り合いが取れることなのか?そもそも、一度捕らえた幹部を帰したところで、ボンドさんが殺されないという保証があるのか?そういう疑問に一つ一つ答えてからでも、救出は遅くはないだろ。今日という日は、まだもうしばらく続くからな」
我ながら酷い言い草だと思う。しかし、こういう場面で感情的になってしまっては、最適な判断をし損ねる恐れがある。みんなが冷静でない今、俺が冷静な判断をしなくては――
ガシャンガシャン!ガシャンガシャン!
どこかで聞いたような騒音によって、俺の思考は中断された。こんな音を振りまく人は、この砦には一人しかいない。
「ボンドはこの砦に必要だ。ワシが直々に救出して来てやろう!」
仁王立ちして、隊員全員を見下ろしながら長官は宣言した。
「ちょ、長官!?無理ですよ!」
せっかく落ち着いてきていたのに、長官が無茶苦茶なことを言ったせいで、またアネモネがおかしくなってしまった。
アネモネの言う通り、長官が直々に『黒の刃』のアジトに行ったところで、何もできることはないだろう。どこかの酔っ払いが迷い込んできたと思われて、その無駄に豪華な鎧を引っぺがされておしまいだ。
「無理ではないことは、お前が一番よくわかっているはずだ」
「で、ですが、ボンドさんを救出する際に、長官に何かあったのでは元も子もありません!」
長官とアネモネの会話は、どうも底が見えないというか、理解しづらい部分がある。二人の間だけに共有される前提のようなものが見えてこないと、会話には入っていけない。
「長官が行くのであれば、俺も行ってやろう。まだ体力に余裕はある」
長官とアネモネの押し問答が数回続いたのち、痺れを切らしたのか、フェイロンがそう名乗りを上げた。
「おお、お前がいれば百人力だ。二人で『黒の刃』を潰すとしよう!」
いやいやいや、だから酔っ払いが何の役に立つんだよ。せいぜい囮にしかならないだろ。そう思ったとき、フェイロンの言葉を思い出した。長官の力量を評して言った「酒が入っていても、お前よりは強いはずだ」というものだ。
聞いたときにはさすがに冗談だと思いもしたが、こんな場面でも長官を戦力と見なしているような態度を見ると、本当に長官はやれるのかもしれないという気になってくる。こんな酔っ払いにやれてたまるか、という思いは無きにしも非ずだけど。
「副長官、長官を止めてください!」
しかし、アネモネは何としてでも長官を止めたいようで、俺に懇願してきた。俺だって長官に死なれたりしたら面倒だし、引き留めたい気持ちはわかる。とはいえ、当の本人が珍しくやる気だし、それを止めるのも憚られた。
フェイロンが戦闘能力の見積もりを間違えるはずもないし、長官が行く何か合理的な理由があるのであれば、もう行かせてしまおう。そう考えて、俺は長官に尋ねた。
「長官、ボンドさんが砦に必要というのは、どういった点を見ておっしゃっているのでしょう?」
「そんなの、上手い酒を卸してくれるからに決まっているだろ!ガーッハッハッハ!」
「あー、そうですか」
まったく見下げた理由だった。合理性の欠片もない。こんな酒狂い、勝手に死地に赴いて、野垂れ死ねばいいんだ!と、そんな暴言を上司に吐くわけにもいかない。長官が死んでしまえば、俺が当分の間、長官を務めることになるだろうし、実際には死んでほしくない。
だが長官に死んでほしくなくとも、行かせれば死ぬ恐れがある。かと言って、この調子づいた酔っ払いをこの砦に留めて置ける気もしない。であれば、長官をアジトに行かせて、かつ死なせない必要がある。
よし、作戦を一つ思いついた。いや、アネモネの言葉を借りるなら、作戦というほどのものでもない。
「仕方ない。――みんなで行こう。先に総攻撃を仕掛ける」
「よきかな、よきかな!宴の続きだ!」
「はあ!?二人とも何言ってるんですか!?」
「ガーッハッハッハ!」
最悪な上司二人によって、砦の運命が方向づけられることになった。アネモネの素っ頓狂な叫び声は、長官の笑い声に掻き消された。
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話が混沌としてきました。