第87話 ホームレス、旅行する
『女王陛下だ! 陛下がいらっしゃったぞ!』
海の街、デルンバーグ。ここはヴォルフスブルク最大の港湾を有する港町だ。
この時代は陸路で大量の物資を輸送するのも限界があるので、港湾は特に重要な拠点でもある。
軍艦や砲台は設置されていて、防備を固める要塞でもあるからな。
「もうすぐですよ、クニカズ! あれがデルンバーグです。きれいな街でしょ? 王族専用の別荘もあるから、今日はみんなでそこに泊まりましょう。夜は新鮮なシーフード料理でいいかしら?」
すごく魅力的な話だ。仕事で来ているとはいえ、やっぱり旅先でのご飯は心が躍るよな。
「はい、とても楽しみです」
「よかったわ。だから、できるだけしっかり仕事をしてね!」
頑張ってレポートをまとめないとな。仕事をやらなくちゃいけないのは気が重いが、念願の異世界旅行だ。少しくらい楽しんでも罰は当たらないはず。
「クニカズ。私は知事と打ち合わせをした後に、各地に視察に行かなくてはいけません。あなたたちは、港の現地調査に行ってきて。夕方に別荘で合流ね?」
「わかりました、女王陛下!」
「よろしい。では、よろしく頼むわ」
女王陛下の歓迎式典に参加して俺たちは別れる。
まずは、港湾施設見学だ。
※
「クニカズ中佐、お待ちしておりました。私が、デルンバーグ沿岸要塞司令のクールベ少将です!」
柔らかい感じの軍人が俺を出迎えてくれる。
『おい、あれが女王陛下の懐刀か?』
『ああ、ニコライ=ローザンブルクを討ち取った怪物だぞ』
『現在、世界最強の魔術師か……』
『戦略級魔術師……』
『ああ、俺は応援でハ―ブルク要塞に行っていたんだが、あの人はあんなに柔らかい顔をしているのに、数百年ぶりに戦略級魔術師同士の決闘に勝利した怪物だぞ』
なんか、偶像崇拝されている気分だな。
「クールベ閣下。丁寧なお出迎え恐縮です。この度は、査察ということでお手柔らかにお願いします」
ん、査察?
『もしかしたら、司令はクビかもな』
『ああ、あんな大物が直々に査察に来ているんだ。きっと何か不備があったんだろうさ』
なんか勘違いされているよな、これ。
「いや、少将……俺たちは本当に見学で……あっ、そうだ、クリスタ。お土産の酒を閣下にお出ししてくれ!」
「ハイ室長!」
親友は苦笑いしながら、俺が選んだウィスキーを将軍に渡した。
この前、ターニャと飲んで美味しかったグレア帝国産ウィスキーだ。
12年物だから高級品だし、美味しいからいいかなって?
「グレア産、ウィスキーでありますかぁ……」
「お嫌いでしたか?」
「いえ、ウィスキーは大好物であります」
閣下はなぜか青ざめていた。
『おい、見たか。グレア産のウィスキーだぞ……』
『それも12年物だ』
『きっと中佐はこう言っているんだ。世界最強の海軍大国であるグレア帝国が攻撃してきても、12年以上持ちこたえることができるのか? その覚悟はあるのかって……』
『ひぃ、無茶苦茶だ……』
『やばいぞ、やっぱり天才は恐ろしい』




