第35話 ホームレス、圧巻の勝利
『わが軍の主力、左翼に到達! 敵の火砲および魔導士隊は沈黙をしています』
『よし、左翼から食い破れ!! そのまま残存する中央と右翼の後方に回り込み、包囲する』
『了解!!』
僕は勝利を確信した。魔導士隊と砲兵は、遠距離攻撃ができるのが最大の強みだ。だが、わが軍の猛スピードの突撃で、接近されたため敵の攻撃は完全に沈黙している。
つまり、ここで奴らの切り札は完全に沈黙し我々の勝利が確定する。
騎兵をなめすぎているんだよ、異世界の馬の骨。火砲や魔導士はしょせん騎兵に比べておもちゃ同然。近づくことができれば、こっちのものだ!!
そう確信した瞬間、戦場に激しい音が鳴り響いた。
『敵軍の魔導士隊と砲兵隊の攻撃再開されました!』
『気にするな。しょせんは無駄な抵抗だろう。一気にここで押しつぶせば――』
『いえ、それが』
『なんだ、はっきり言え!』
『敵の砲撃は、今度は右翼から行われています。それもさきほどの攻撃とほぼ同火力のものです!!』
『なんだと!?』
ありえない。さきほど、左翼にいた火力を考えれば、敵の砲兵と魔導士はそこで集中運用されていたはずだ。にもかかわらず、今度は真逆の右翼からの砲撃だとォ……
『いったい、どんな小細工を使った。あの馬の骨がァ』
『わが軍の主力部隊、砲撃により大ダメージ。戦線を維持できませんっ!!』
※
―クニカズ視点―
『クニカズ大尉、砲兵隊より連絡が入りました。当方、左翼から右翼への移動を完了する』
「よかった。リーニャ大尉。そのまま、砲撃を再開するように指示を出してくれ」
「わかりました」
右翼から猛攻撃が発せられる。ポール大佐、自慢の騎兵隊は砲弾と魔力の雨によって消し飛んでいく。敵の主力部隊はこうして壊滅した。うちの左翼にも甚大な被害は出ているが、最終的には持ち直して、敵の騎兵は前からくる兵士の波と、後方から無慈悲に襲い掛かる火力によって挟み撃ちとなり崩壊した。
「しかし、こんなにうまくいくとは思いませんでした……魔導士隊と砲兵隊に馬を組み合わせるなんて……」
リーニャ大尉はぼう然とした様子で、騎兵隊の崩壊を眺めている。
「ああ、俺の世界では似たようなやり方があってね。それで思いついたんだ。いいアイディアだろ、魔道騎兵と空飛ぶ砲兵は……」
「たしかに、常識に凝り固まっていたらできない発想ですが、言われてみれば理にかなっていますね」
魔道騎兵とは、そのままの意味だ。魔導士を馬に乗せて、機動力を上げている兵科だな。元ネタは、伊達政宗が発案したとされる騎馬鉄砲隊だ。機動力に弱点があった鉄砲隊を馬に乗せることで、移動がスムーズになり迅速な作戦が可能になった。俺は、それを魔導士でやったんだ。 魔導士も馬も失えば大きな損失で、守備力も低いが、機動力と攻撃力は底上げされている。
そして、空飛ぶ砲兵とは、フランスのナポレオンを真似てみた。俗にいう騎馬砲兵だ。
フリードリヒ大王やナポレオンが得意とした砲兵戦術で、大砲を馬にひかせて機動力を上げている。この戦術は、大砲の移動速度を馬と同等まで底上げしたとされている古典的ながら有効的な作戦だな。
今回、俺たちの軍の編成に騎兵をほとんど入れなかったのは、馬をその2分野に集中させるためだ。縦横無尽に兵を移動させることができれば、事前に作っておいた防御陣地と合わせて、騎兵に致命傷を負わせるレベルの火力を持つことができるからな。
『敵部隊、総崩れです!!』
リーニャ大尉の声を契機に俺の軍隊は防御陣地を出て追撃を始める。崩れてしまえば、包囲するのは楽なのが鶴翼の陣だ。
そのあとは、騎兵を失った大佐軍の蹂躙タイムとなった。
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用語解説
伊達政宗
戦国時代の東北の英雄。別名、独眼竜。
幼少期に病気で片目を失明するも、軍事的な才覚によって頭角を現し、統一が遅れていた東北地方に一大勢力を作り上げる。
その後は豊臣秀吉・徳川家康に帰属し、東北の大藩として江戸時代を生き残った。
騎馬鉄砲隊は、大坂の陣で伊達家が採用したとされる(フィクションの可能性も)。
フリードリヒ大王(2世)
第3代プロイセン王。名君として呼び名が高く、軍人としてもオーストリア継承戦争・七年戦争を指揮し、ヨーロッパの列強と渡り合った。
機動力を重視した作戦を得意とし、斜行戦術や騎馬砲兵を編み出し、軍事革命を起こした。
彼の死後に頭角を現すフランスのナポレオンが、フリードリヒ大王の戦術の継承者としてヨーロッパを席巻することになる。
じゃがいもをドイツに根付かせたことでも有名。
ナポレオン
地方貴族からフランス帝国初代皇帝に上り詰めた軍事的な天才。
フリードリヒ大王の戦術を発展継承し、ヨーロッパの列強をことごとく撃破した。
アウステルリッツの3帝会戦は、その戦術の総決算ともいえるほどの完勝だった。