第270話 彼女の破滅と新国際秩序の完成(最終回)
賢者の石が消滅し、アリーナは力を完全に喪失していた。事実上の終戦だ。すべて終わった。
「私は負けたの?」
「ああ」
賢者の石の支配から解き放たれた影響か、彼女は穏やかな顔になっていた。
「賢者の石が、私にすべてを教えてくれた」
賢者の石はアカシックレコードへ繋がるキーだ。それを使って、彼女は並行世界の情報の大部分を閲覧したんだろう。そして、真実を知った。
「この戦いが世界の分岐点だったのね。私が勝てば、世界は停滞し、最終的に破滅を迎える。あの賢者の石が軍事転用されてしまえば、より大きな悲劇がそこにあった。あなたが勝てば、この先の未来は無数に分岐する。悲劇の未来もあるけど、希望の未来もある」
「未来がどうなるかなんてわからない。それが普通だ。だが、できる限り未来を続けていくために見守り続けるよ。それが勝者である俺の責任だ」
防空壕にいたリーニャが飛び出してきた。
「アリーナっ!! 大丈夫? クニカズ、早く手当てを」
「無駄よ。私の生命力は、ほとんど賢者の石に奪われた。もう、長くないわ」
「なっ……」
「バカね、なんであなたが泣くのよ。私は、あなたたちを裏切った最悪の女よ」
「でも、私たちは親友だった。それだけは嘘じゃない」
「……あなたに会えてよかったわ。もし、あのまま関係を続けられたらどんなによかったか。あんなに信奉していた運命を私は恨む。私は馬鹿な女だった。だまされた」
その言葉を聞いて、俺は確信した。たぶん、彼女の両親は、俺がいない世界でも死を避けられない運命だったのだろう。
「本当に私は馬鹿ね、あなたたちと話をして、死にたくないって思ってしまう。私はただの踊らされた人殺し。戦争を引き起こし、多くの人を傷つけた大罪人。どうして、こんな風になってしまったんだろう。私は自分と同じ境遇の子供たちを作ってしまった。そして、死を目前にして、その事実を突きつけられている。馬鹿なピエロ」
少しずつアリーナの息は苦しそうに途切れていく。
「なんで死にそうなときに、もっと生きたいと思うんだろう。できることならみっともなくあがきたい。私には、そんな権利もないことは……わかっているのに……友人であるあなたたちも傷つけてしまった。なのに、死にたくな……い」
そう言って、苦悶の表情を浮かべて、彼女は動かなくなった。
泣き崩れるリーニャのものかわからなかったが、アリーナの目からは一筋の雫が垂れた。
「帰ろう、クニカズ。皆が待ってる」
「ああ、そうだな」
俺たちはゆっくりと帰るべきところに足を進めた。
※
『大ヴォルフスブルク帝国史』214巻列伝1「クニカズ・フォン・ヴォルフスブルク」より引用
クニカズ(?~?)は不思議な男である。
大陸戦争において、アルフレッドとともに軍の中核を担い、ロマーナ講和会議においてもヴォルフスブルク側の全権大使として会議を主導し、戦後において大陸最強国家に君臨した帝国のナンバー2として、政治・軍事の両部門で辣腕を振るった。
大陸戦争中の「ポールのクーデター」を鎮圧するために、一時的に、女帝・ウィルヘルミナ1世との婚約を発表したが、戦後、両者合意の上で婚約は解消された。しかし、両者はその後も良好な関係を維持し続けた。王族のみが使用を許される「ヴォルフスブルク」の姓をクニカズに与えたことでもそれがよくわかる。
後に、ウィルヘルミナ女帝は「クニカズは、私の初恋の男性でした。残念なことに振られてしまいましたが……おかげで、私は帝国と結婚できました」と冗談交じりに語っている。両者は、この関係もあってか生涯未婚を通した。
帝国は、女帝の従弟で聡明なアレクサンドル2世が継承した。
ただし、クニカズには、カナデと呼ばれる秘書が生涯、彼を世話し続けていたとされる。事実婚状態だったと考える研究者も多い。
大陸戦争後、200年間"ヴォルフスブルクの平和"と呼ばれる安定期を生み出した彼の手腕は、一代の英雄として歴史に名を残している。この200年の平和な時代を築いた新国際秩序は、"ロマーナ=クニカズ体制"と呼ばれている。
女帝引退後、クニカズも同時に歴史の表舞台から退場し、歴史書から姿を消す。そのため、帝国の大英雄にもかかわらず、彼の生没年は不明である。これはあくまで俗説であるが、「彼は元々、異世界人でそちらに帰還した」や「大魔力によって不老不死の秘術を編み出しており、彼は今も生き続けている」と主張している人もいる。
※
「歴史書は、おもしろいな。会えなくなった友達とも会えるんだからさ」
「センパイがまだ、田舎でしぶとく生きているなんて普通は思いませんよね」
「そうかもな。でも、お前をひとり残して死ぬわけにいかないだろ? さあ、そろそろ行こう。仕事の時間だ」(完)
これにて完結となります!
最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。皆様のおかげで無事に完結できました!
次回作は異世界ファンタジーと思っているのでそちらも読んでもらえると嬉しいです。
最後まで本当にありがとうございますm(__)m




