第183話 ホームレスvs大使
俺は大使がよく使っているバーに来訪した。事前情報通り、大使はカウンターで酒を飲んでいる。グレア帝国のウィスキーだ。
「お隣、よろしいでしょうか?」
俺はあたかも偶然を装い大使の隣の席に腰かけた。
「どうぞ」
大使は、少しだけ驚きながらも、俺をにこやかに出迎えてくれた。
「お飲み物はいかがいたしますか?」と聞く店主に「お隣の紳士と同じものを」と注文した。
「おやおや、よろしいのですかな? 私が飲んでいるのは、海のウィスキー。癖が強く潮の味がする」
なるほど、俺の世界で言うところのアイラ・ウィスキーか。
ならば、大好物だ。
「海洋大国のグレアにふさわしい特徴ではありませんか、閣下」
「閣下はやめてくれ。ここにはひとりの老人として来ている」
「では、私も軍人ではなくひとりの若者です」
「ふむ、おもしろいな。今日は、どうしてここに?」
「博識な紳士がいるという噂を聞きつけまして」
「ローザンブルク皇帝を酒の席で篭絡したうわさは聞いているよ」
「それはどうも。実は、博識な紳士にご教授いただきたいことがありまして」
「ほう。だが、授業料は払ってもらわないとな」
「ええ、もちろん。マスター? こちらの紳士に、ウィスキーのお代わりとオイルサーディンを」
オイルサーディンとは、イワシのオイル漬けである。
潮の味がするアイラウィスキーには、海産物との相性が抜群に良い。
「なるほど、よくわかっているようだな」
とりあえず、話は聞いてもらえるようだ。
俺は、提供されたウィスキーを一口なめた。塩の風味、スモーキーさを追求した味わい、そして、チョコレートを思わせる甘みを堪能する。
これはうまいな。
「それで何を聞きたい?」
「首脳部は、戦いを望んでいるのですか?」
もちろん、グレア首脳部のことだ。
「キミはどう思う?」
「あの英邁な宰相閣下ならそうは思わないでしょう。ですが、首脳部はなかなか一枚岩にはいきません。自分の出世や功名心を抑えることができる者は少ないでしょうから」
「うむ」
「しかし、火遊びが過ぎるのではありませんか? 下手をすれば軍事的な挑発以上のメッセージです、あなたがたがやっていることは……」
「では、私に何をさせたいのだ?」
「大人しく旧ザルツ公国領から手を引いてください。これ以上の火遊びは大陸全土を焦土にする可能性すらあります」
「だろうな」
煮え切らない態度を続ける大使に少しだけイラつく。
「お話を繋いではいただけませんか?」
「ならば、こちらからも質問だ。この冷たい戦争が終わった後のことをどう考えている?」
大使は試すようにこちらを見つめた。
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