第182話 テロリズム
そして、仕事に出向く。情報局は忙しく動いていた。帝国1周年を祝う記念祝典の警備のためだ。ここにテロリストが紛れ込めば大変なことになる。
歴史においても、皇帝や君主を狙った暗殺事件は多発している。多くの場合は、それは政治的な少数派によるテロリズムの場合が多い。
例えば、ロシア帝国のアレクサンドル2世暗殺事件だ。
ロシア帝国の改革者として、農奴解放や司法改革、国立銀行の設立をおこなった名君はテロリズムに倒れたのだ。そして、ロシア帝国は彼の孫のニコライ2世の時代に革命が発生し崩壊することになる。
テロで歴史は動かない。ただし、時代の流れを加速することはある。
それが俺の考えだ。
実際、アメリカは911の同時多発テロで中東への介入を強めていった。そして、それが遠因となって世界唯一の超大国の地位が揺らぐ状況にまでなってしまったのだ。
他にも、サラエボ事件はイギリスとドイツの冷戦を熱戦に変えてしまいヨーロッパ全土を地獄に変えてしまった、
ヴォルフスブルクでテロが発生し、ウイリーを含む要人が巻き込まれた場合……
大陸は最悪の状況になる。
現在の状況は、複雑に絡み合った第一次世界大戦前のヨーロッパに酷似している。些細な火種ですら爆発する危険がある。
「局長、やはり旧ザルツ公国側にグレアから資金が提供されているようです。いろんな場所を経由して資金提供されているようです……なので、金額の多寡はわかりませんが」
やはりか。俺はムーナがまとめてくれた報告書を一気に読んだ。
「かなり危険な火遊びだな。この報告書をすぐに中央に回してくれ」
「わかりました」
「あと、グレア帝国大使と接触を図りたい。なにか、方法はないかな?」
「公式にですか? それとも非公式に?」
ウイリーとアルフレッドからは、この件については自由に動いていいと言われている。
だが、公式的に会見するのは外務省を飛び越えての行動だ。あまりにもスタンドプレイがすぎるな。それもこの内容を公式にしてしまえば間違いなく火種が大きくなる。
「非公式にだ」
「であれば、大使は夜な夜なバーに入り浸っているという情報があります。そこに偶然居合わせることで接触なさってはいかがですか?」
「どのルートから入った情報だ?」
「課員の酒好きの若い子たちです。高級なバーで何度も目撃されているようです」
ムーナは、間違いなくこの半年で成長している。こういう些細な情報もしっかりと抑えてくれるのはありがたい。
「わかった。ならば、ウィスキーでも飲みながら語り明かすとするか」




