第175話 学者再び
俺が情報局長になって半年が経った。
仕事は順調に進んでいる。これなら両課長に後を任せて、前線に戻れるだろう。
俺は少し遅くなって食堂で昼食を取っていた。
「こちら、よろしいですかな?」
男の声が聞こえた。
「どうぞ」
俺は緊張しながら答えた。なぜ緊張したかと言えば、声の主が因縁の男だったからだ。
「これはこれは、クニカズ局長。お久しぶりですな」
「ポール局長こそ、お久しぶりです。ご無沙汰しております」
一応、恩師のようなものだ。学生時代に戦術シミュレーションで、戦略の大家だった彼をボコボコにしてしまいそれ以降は音信不通になっていた。
「そんなにかしこまらないでいいよ。もう、僕は終わった人間だ。キミとは違ってね。藍は藍より出でて藍より青し。よく言ったもんだ。もう、僕のことを戦略の大家だという人はいない。キミというホンモノをみんなが知ってしまったからね。まさか、教え子に階級まで並ばれてしまった。僕はもう情けない男なんだよ」
「そんなことをおっしゃらないでください。軍務省ナンバー3の軍務局長が言うべきセリフだとは思えません」
そう、彼は一応出世していたのだ。大佐から少将へ。もともと騎兵運用の専門家であり、軍のトップエリートだ。
「ふん。お飾りの軍務局長に何の権限がある? アルフレッド次官や女王陛下は、俺の考えた作戦など間違いなく採用しない。上が求めているのは、キミが作戦課長時代に作り上げた戦略教義をより具現化することだ。キミの考えた通りに運用できるように……こちらからの提案などほとんど採用されない。これが元・作戦の神様である僕の今なんだよ」
卑屈になっているのに、さらに攻撃的だ。めんどくさい。
「過分に評価していただいてありがとうございます」
社畜時代に鍛えたスルースキルを活かす場面だ。
男の嫉妬に狂っている奴なんて相手にするだけ無駄だ。すでに、アルフレッドも彼のことを問題視していて、次の人事で予備役入りさせて、軍務から離れさせることになっている。
まぁ、そんな状況になっているんだから嫌味の一つでも言いたいんだろう。ここは大人しく聞いてやろう。
「くそが……」
嫌味を華麗にスルーされて、ポール局長はイライラしていた。
「それでは失礼します。お互いに国家のために頑張りましょう」
去り際に少しだけ毒を添えた。私欲に狂っている彼には痛烈な批判になるだろう。
すべてを相手にしないのは、「お前とは同じ土俵に立つつもりない。ライバルなどには成り得ない」というメッセージだ。
俺が食堂から出ると、背中から食器をひっくり返して激高する彼の声が聞こえた。




