第163話 ホームレスと女スパイのダンス
俺たちは優雅にダンスを踊り始めた。人々は素性がよくわからない謎の金髪美女と俺のダンスを好奇な目で見ていた。
「言っておくが、俺はそこまでダンスはうまくないぞ」
「大丈夫です。私に任せてください」
「魔性の女スパイがずいぶんと可愛らしく笑うな」
「あら、私の容姿には大きな価値があるのよ。クニカズ将軍? まさかこんなに早く閣下と呼ばなくてはいけなくなるとは思いませんでした。軍事大学卒業から少将昇格までは、歴代最短記録じゃなくって?」
「過去に意味はないよ。将来、グレアに負けたら最短昇進記録なんて意味はなくなる。そちらの宰相閣下の偉業が増えるだけだ。俺は、単なる敵役になる」
「あら? ある意味では過去に一番縛られているのは、あなたではなくって? クニカズ将軍?」
「どういうことだ?」
「閣下は、一流の歴史家ではないんですか? ただし、参照しているのはこちらの世界の歴史ではない。あなたは向こう側の人間なのでしょう。我々の世界ではない歴史をこちらに応用している。だからこそ、誰も気づかない。あなたは、あなたの世界で起きた歴史の発展を繰り返そうとしている軍人ではなくて歴史家。私はそう思っております」
彼女の金髪はターンによって美しく舞った。金の糸のように美しく舞ってまとまっていく。
「だが、そちらが俺の歴史を知ることは不可能だろう。ならば、こちらが圧倒的に有利なはずだ」
「ええ……こちらの陸軍大臣閣下も見事にあなたの知識には及ばなかった。それに劣る私にはあなたが何を考えているかなんて及びもしません」
「本当か? 宰相閣下は何かに気づいているのではないか?」
「さぁ? 今回は私の意思でダンスパーティーに参上したので……あの時に一目惚れした敵国の名将の顔をもう一度ゆっくり見るチャンスなんてなかなかありませんからね」
「一目惚れなんてよく言うな。振ったのはそっちじゃないか」
「あら? それは口説かれていると考えてよろしいのですか?」
光栄ですと彼女は笑った。
「さあな?」
今度はこちらから主導権を奪いターンした。彼女は少しだけ驚いて、そして笑った。
「この前は失礼しました。お詫びに、グレア産ウィスキーを用意しています。この前、閣下に誘われた時は12年物でしたが……今日はこちらがホストですので……30年物を用意しました」
「それはすごい」
「どうですか? このダンスの後にふたりっきりで?」
「それは魅力的な提案だ」
俺たちは仕組まれたダンスを踊り続けた。




