第159話 天才
俺たちは部屋を移動してふたりだけになった。相手は、グレアの名将だ。
変にごまかせる相手ではない。
「大丈夫じゃよ。おぬしを暗殺できるなら、もうしておる。そういう域にはとどまっていない男だ。小細工などはしない」
何気に怖いことをいうな、この老将……
地図がある部屋に案内された。
地図の上にはチェスの駒が置かれている。おそらく、魔導士をビショップ、騎兵をナイト、要塞をルークに見立てているのだろう。もちろん、歩兵はポーンだ。
「君の作戦は、このビショップとナイトを有効活用する作戦だ。このふたつを組み合わせるとは、本当に革新的だった。後方が脅かされるというのは、戦場においては死と同じ意味だ。今回のザルツ公国の失敗は、前線に兵力を集結させてしまったこと。そうじゃろう?」
老将軍はいとも簡単に電撃戦の弱点をあぶりだした。
彼はポーンを横一列に並べて、その線をナイトとビショップが超えていく動作をする。
戦力を集結させて、横一列に並べている場合、どこかが突破された場合に常に後方を脅かされる危険性がある。
さらに、後方には守備力が低い補給部隊や指揮所しかない。そこを襲われたらひとたまりもない。
「旧来の作戦の基本は、これで簡単に覆される。ならばじゃ……」
陸軍大臣は、横一列のポーンの山を崩す。その崩した歩兵を山脈や川、要塞などに振り分けて分散する。
守りやすい土地をあえて選んでいた。
「こうすれば、騎兵の進軍スピードは劇的に落ちる。ひとつの防御陣地を突破してもすぐに別の敵にぶつかるからな。この場合は各個撃破される恐れはあるが……グレアとヴォルフスブルクの動員兵力差を考えればどちらが有利かはわかりやすい。たしかに、航空魔導士の火力は脅威だが、航空魔導士単体では土地の占領はできない。数的な有利を背景に、地上部隊を足止めして消耗させればいつかはこちらが勝てる」
グレア帝国の動員可能数は、こちらの1.5倍。最も効率的な守備方法だった。
航空魔導士もいつかは摩耗し、数の力に飲み込まれる。俺の目の前の老将軍は、電撃戦の要素を吸収しただけで、その対抗策を思いついたわけだ。俺たちの世界の現代戦の基本となる縦深防御戦略だ。
「やはり、図星か。そして、君たちの攻撃をくじいた後に、こちらが攻勢に転じる。こちらのホームに深く入り込んでいる君たちの後ろはゲリラとこちらの航空魔導士に脅かされる。頼みの航空魔導士もすでに緒戦で消耗していれば防ぎきれまい? そして、数の力をここで開放するのだ。数十キロを超える前線を同時に押し戻す。仮に善戦できる兵がいても、数の波に飲み込まれて殲滅される」
反攻に転じた黒のポーンは一斉に動き出して、こちらを飲み込んだ。
第二次世界大戦でドイツを打ち破ったソ連の縦深攻撃ドクトリンを彼は完璧に再現して見せた。
「どうかな、わしの作戦に何かミスや見落としはあるかね?」
本物の軍事的天才がこちらに対して牙を向けてきた……




