第139話 ホームレスと煎り酒
俺は白身魚のソテーに煎り酒をかける。
一口味見したが。醤油よりもさっぱりとした味付けになるが、これはこれで美味しい。
ワインとプラムという洋風な食材しか使っていないのに、純和風な味付けになっている。これなら、ポテトと人参、肉、玉ねぎを煮込めば肉じゃが風の煮物も作れる。
刺身もいけるかもしれないけど、ちょっと怖いから封印しよう。
醤油の代用品が見つかったことで、和食っぽい料理もたくさん作れるな。
今度、皆にも振る舞ってあげよう。
「どうだ、ターニャが作ってくれた白身魚のソテーに、代用醤油をかけてみたんだ」
「代用醤油?」
「ああ。昔から日本で使われていた煎り酒っていう調味料なんだけどさ。梅干しと酒があれば作れるんだ。だから、さっき作ってもらったプラムの塩漬けとワインで作ってみたんだよ。少し味見したけど、うまいから食べてみてくれ」
「わーい。お醤油いいですよね。私も大好きです」
「一体、どんな時に醤油を食べたんだ?」
「秘密です」
そして、ふたりで久しぶりの和食を堪能した。
この時間が永遠に続けばいいと思った。ふたりで和食を食べたり、一緒に酒を飲んだり。梅酒を作って飲むのを楽しみにして行けたらどんなに楽しいだろうな。彼女に気持ちが伝わっていると分かっているのに止めることはできなかった。
おそらく、この幸せな時間は長くは続かない。グレア帝国との戦争は近い将来、絶対に起きる。大陸の覇権をかけるほどの大きな勝負だ。
不安は消えない。
「大丈夫ですよ。センパイと私なら……誰にも負けません。今までだってどんな強敵でも倒してきたじゃないですか」
「ああ……だが、航空魔導士の技術は世界中に広まった。もしかすると、俺たちを超える天才が出てきたらどうなるか。とても怖いんだ」
「そうですね。センパイは背負い込みすぎです。あなたは優秀だからすべてを背負ってしまうんですけどね。そこが素敵で、あなたになら――を託せると思ったんです。私はあなたをこちらに導いたことを誇りに思います」
彼女は俺の肩に手を置いてうなずいた。
「大丈夫ですよ。――を守ってくれたあなたは優しいから。だから、勇気をあげます。こういうことはセンパイにしかしませんからね」
何度も見た彼女の顔が憂いを帯びてさらに美しく見えた。
彼女は目を閉じてゆっくりと俺に近づいてきた。俺も覚悟を固めた。
そして、ふたりのくちびるはゆっくりと触れ合う。妖精の体温は想像よりも温かった。
「大好きですよ、センパイ?」




