第130話 大ヴォルフスブルク帝国
―グレア帝国―
宰相は執務室でウィスキーを飲みながら報告を待っていた。グラスの中の丸い氷がからりと音を立てている。この時点で、どのような報告が来るかはわかっていた。だから、この待ち時間は答え合わせのようなものだ。
「宰相閣下。さきほど、大ヴォルフスブルク会議が終わったようです」
女スパイはどこからともなく現れる。
「ご苦労。情報源はザルツ公国かい?」
「ご戯れを……すでにわかっているのでしょう?」
「もちろん。キミが直接見てきてくれたのだろう。結果はどうだった?」
「閣下の予想通りでした。大ヴォルフスブルク憲章は圧倒的な多数で可決されて、すぐに発行されました。署名を拒否したのはザルツ公国だけです。これで事実上の大ヴォルフスブルクが200年ぶりに復活しました」
やはりそうなったか。宰相は、つまらなそうにロックグラスを傾けた。ザルツ公国が合流を拒否したが、近い将来軍事的に併合されることは目に見えている。あの公国は、我々から見ても愚の骨頂だ。せいぜい、こちらの軍備が整うまでの時間稼ぎになってもらおう。
そして、こちらはザルツ公国の防波堤が機能している間に、航空魔導士を鍛え上げる。どうせ、フルスペックの技術開示はおこなわれないだろう。隠そうと思えばいくらでも隠せる。
向こうが質を武器にするならこちらは数で勝負しかない。人海戦術。人の命を数字としてだけ考える冷酷な作戦しかとり得ない状況を考えると気が重くなる。しかし、グレア帝国の守護者としてはやらねばなるまい。
「これで国力だけならグレア帝国と並ぶ超大国が誕生か。止められない歴史の流れとはいえ、大変なことになった」
とはいっても、我が陣営はグレア帝国とマッシリア王国、そして、ザルツ公国が陣営に参加している。いくらヴォルフスブルクでもこの3カ国を同時に相手できるとは思えない。ローザンブルクはあくまで中立不可侵条約を締結しているだけなのだからな。
後方の安全を確保しただけで圧倒的な有利に立っているとは言えない。さらに、海軍力にも明確な差がある。どう考えても優位性はこちらに軍配が上がる。
「さあ、ヴォルフスブルクの救国の英雄はどう動いてくるのかな。とても楽しみだ」
今まで自分と同じ水準まで届く者はいないと考えていた天才は不敵に笑う。おそらく、どんなに力強くもて遊んでも壊れることはないおもちゃを見つけた気分だ。この世界に自分に届きうる才能を持った英雄がいる。それにワクワクするのはいけないことだろうか。
冷戦は、はじまったばかりだ。




