第110話 ホームレスと妖精
そして、俺たちは久しぶりに家に帰ってきて、家で昇進の祝杯を飲み明かすことになった。
ターニャが料理を作ってくれた。
鶏肉の赤ワイン煮。サバの酢漬け。ジャガイモサラダ。あとは新鮮なフルーツだ。
これをつまみに、ふたりでお酒を飲む。
最高の昇進祝いだな。
「そんなに喜んでくれるなら嬉しいですね」
俺の心を読んで妖精は笑う。
今日はグレタ産の高級ウィスキーまで用意していた。女王陛下からもらったアイル・ウィスキーだ。海藻などを多く含んだ泥炭で風味付けしているから、潮の香りがする。
さすがに、妖精にはこの香りは独特すぎるからいつも飲んでいるやつでカクテルを作った。
「「乾杯!!」」
俺たちはいつものようにふたりだけの時間を過ごす。もうこの関係が1年以上続いているなんて、なんだか不思議だな。
「やっぱり、センパイが作ってくれるカクテルは最高ですね」
「そうか?」
「私の好きな甘いカクテルを黙って作ってくれるのが嬉しいですよ」
なんて少しだけ照れながら笑っている。
「まぁ、そんなことを言うなら、お前だって黙って俺の好きなものを作ってくれてるだろう? ポテトサラダとかサバとか……」
「なるべく、故郷の味に近いものを食べたいかなって? こっちで再現できるものも限界はあるんですけどね」
こういうところは、この妖精は優しいと思う。
こちらの料理も基本は美味しいんだが、どうしても日本食が食べたくなるのが心情ってものだよな。食べられないと分かると余計にそう思う。
そういう気持ちを理解して、彼女はなるべく日本料理に近いものを作ってくれているんだと思う。
結局、この空間がいつの間にか居心地が良い場所になっている。お互いに直接言葉にはしないのに、お互いがお互いを気遣っているのが伝わる。居心地が悪いわけがない。
料理を食べ終わって、酒を片手にソファーに座って居心地の良い沈黙を楽しんだ。
「そうだ、つまみにクルミでも食べるか。好きだろう?」
「ありがとうございます。でも、もう少しだけ横にいてくれませんか?」
「えっ?」
隣にいた彼女の頭が俺の肩に触れた。
「たまには、甘えさせてくださいよ?」




