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7:蒔かぬ種は……

「さて………」



 帰還まであと30分ほどか。オレは再び最初のベンチに戻ってきた。思えばこの48時間、色んな事があった。現代よりも遥かに濃い時間を過ごした気がする。

 ……200万ほど残っていた金は殆ど処分した。病院でオフクロの当面の入院費を払い、残りはそのまま病院に寄付したのだ。所詮はあぶく銭。オレみたいな貧乏が身に染みている人間が持っていい量の金じゃない。持っててもどうせろくな事にはならないだろう。…まあ惜しくないと言えば嘘になるが……オレはこの48時間で、金では買えないものを手に入れた気がする。だから後悔はしていない。確かにあの金があればあんな事やそんな事……果てはこ〜んな事まで出来ただろうに……。


 ……………………………。


 くぅぅぅ!! 今更ながらちょっとだけ後悔して来たぞ! せめてもう少し手元に残しときゃよかった!!


ヴヴヴ…… ヴヴヴ……


 そんなアホな後悔に苛まれながら身悶えていると、ポケットの携帯電話が着信を知らせて来た。オレは慌てず騒がず、近くの電話BOXに入り受話器と携帯を重ねて持つ。こうすれば周りからは公衆電話で喋ってるようにしか見られまい。頭いいだろ? ……こんな所で不必要な順応性を発揮してどうする、オレ……。

 ディスプレイを確認すると……自宅からだった。……はて? オヤジは今頃出張に行ってるはずだ。家には誰もいないと思うのだけど……? もしかしてオヤジ、忘れ物でもしたとか? たまにあるからなぁ、そう言う事。


「はい? どうしたオヤジ?」


『オヤジじゃないわよ! あんたどこほっつき歩いてんの!?』


 電話からは聞き覚えのない、中年女性と思しき声が聞こえてきた。……? ますます分からん。誰だ、このおばさん?


「えっと……間違い電話では?」


『何バカな事言ってんの秋臣! 父さん出張でいないんだから、少しは家の事も手伝いなさいよ!!』


 …………えっ? それってまさか………。オレは混乱する頭をどうにか押さえつけながら、恐る恐る口を動かす。


「………もしかして………お、……オフクロ………なのか?」




『何言ってんの! 当たり前でしょ!? 母親の声を忘れたなんてバカな事言うつもりじゃないでしょうね! いいから早く帰って来なさい!!』




 ……無事……だったんだ……。オフクロ、助かったんだ……。オレはそのままBOX内に崩れ落ちる。

 ああ、そうか。オフクロを助けるのは『オヤジの為』とか言ってたけど、そんなのはただの照れ隠しだったんだ……。本当はオレ自身が『母親』ってヤツに憧れてたんだな……。小さい頃に亡くなったオフクロ。オレは母親のぬくもりってヤツが、ずっと欲しかったんだ。だって……受話器を通してでさえ感じられるこのぬくもりは、オレの心の足りない部分をしっかり埋めてくれたんだから。


『……? あんたもしかして泣いてるの?』


 オレは泣いていた。それはもうボロボロに。今までこんなに泣いた事なんかないほどに。………何か一気に恥ずかしくなってきた。くそう、こんなのオレらしくねえ。


「なっ! 泣いてねえよ!! なんで泣かなきゃいけないんだよっ!!」


『あはは。あんたも可愛い所あんのね。ほら、早く帰ってきなさい。どうせあんたの事だから女の子にフラれでもしたんでしょうけど、ママが慰めてあげるから♪』


「ッざけんなクソババぁぁ!!」




 これがオレの体験した、ある春の日の不思議な出来事だった―――――



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