三人の魔王 ――魔界名作シリーズより――
むかしむかし、あるところに若い三人の魔王がいました。
「お前たちも大きくなりました。そろそろ一人立ちして自分の城をつくるときです」
魔王の母は三人の魔王を立派な魔王になるように、と送り出しました。三人の魔王は母のもとから離れ、いよいよ魔王として立つことになりました。
「まずは当座の雨風が凌げるところを作るか」
魔王の長兄はわらで城を作ります。手頃に手に入るもので取り合えず住むところを、と。
魔王の次兄は斧とノコギリを持って森に入ります。
「俺は木で城を作ろう。ひのき風呂とか、あの木の香りがいいんだよな。足元が滑るのには気をつけないと」
木製のお風呂は、木材が毛羽立った状態で水を含むと滑りやすくなり、転倒事故につながるので危険です。気をつけましょう。
魔王の末弟は兄達と違って、無駄使いしてなかったので貯金がありました。そのお金でレンガとセメントを買って来ました。
「作るんならしっかり頑丈に作らないとね」
魔王の末弟はレンガを積み上げて、自分のお城をDIYします。
こうして三人の魔王は、わらの城、木の城、レンガの城を作りました。
そこに腹を空かせた勇者がやって来ました。勇者は魔王の天敵です。魔族を殺して食べることしか考えてない、恐ろしい人間兵器です。
勇者はくんくんと鼻を鳴らして、獲物の匂いを嗅ぎ付けると、わらの城に近づいていきます。魔王の匂いを見つけた勇者がニタリと笑います。
「マオウ、デテコイ、クッテヤル」
「うわあ!? 勇者だ! く、来るなあ!!」
勇者は息を吸い、ぷう、と吹くと魔王の作ったわらの城がバラバラになり飛んでいきました。魔王の長兄は食われてたまるかと必死に勇者から逃げました。わらを巻き上げて勇者の視界を遮って、命からがら勇者から逃げました。
「チ、ニガシタカ」
魔王の長兄は命からがら、魔王の次兄の木の城に辿り着きました。
「おい! 弟よ! 助けてくれ!」
「♪あー、いーい湯っだっなあー」
「弟よ! 風呂に入ってくつろいでる場合じゃ無い! 勇者だ! 勇者が現れた!」
「なんだってえ?」
魔王の次兄は慌ててお風呂から出て、魔王の長兄を木の城の中へと迎えます。
「兄貴! 勇者が来たって?」
「そうだ! 俺の城は簡単に壊された! この木の城は大丈夫なのか?」
「丈夫に作ったつもりなんだけど」
魔王の長兄と次兄が震えていると、そこへ腹を空かせた勇者がやって来ました。
「デテコイ、マオウ、アタマカラ、マルカジリ」
「「怖ッ! 勇者怖ッ!」」
勇者は木の城に向かって走り、肩からドカンと体当たりすると、一撃で木の城はバラバラと崩れました。
「弟よ! あっさり壊されたぞ!」
「ええい、かくなる上は!」
魔王の次兄は用意しておいた油を撒いて火をつけます。木の城の残骸に火がつき煙がもうもうと上がります。
その煙にまぎれて魔王の長兄と次兄はすたこらさっさと逃げました。
「チ、マタ、ニガシタカ」
魔王の長兄と次兄は末弟のレンガの城へと必死で走ります。
「弟よ! 弟よ! 助けてくれ!」
「どうしたんだい兄さん達。そんなに慌てて?」
「勇者だ! 勇者が現れたんだ! 助けてくれ!」
「な、なんだって? 兄さん達、早く中へ!」
「俺達の城は簡単に壊されたぞ。この城は大丈夫なのか?」
「このレンガの城なら大丈夫さ!」
言って魔王の末弟は暖炉に水を入れた大鍋を置くと、火をつけてお湯を沸かします。
「弟よ、何をしているんだ?」
「このレンガの城は頑丈に作ったから、扉を閉めたら入ってこれるのは煙突くらい。だから煙突の下でお湯を鍋で沸かせば、煙突から入って来た勇者が煮え立つ鍋の中に落ちることになる」
「そうか! それは素晴らしいぞ弟よ!」
魔王の三人兄弟は暖炉に薪をくべて火を更に燃え上がらせます。大鍋の中の水はグツグツと沸騰します。これであの恐ろしい勇者をやっつけるぞ、と魔王の三人兄弟は暖炉を囲んで待ち構えます。
ついに勇者がレンガの城にやって来ました。
「ハラヘッタ。マオウ、デテコイ。オドリグイニシテヤル」
「出ていくもんか! 食われてたまるか!」
「デテコイ、オクビョウモノ」
「そんな挑発には乗らないぞ! 兄さん達、勇者でもこのレンガの城は壊せないみたいだ」
「あぁ、これでようやく助かった。俺もレンガで城を作れば良かった」
魔王三兄弟がこれで勇者に食べられたりしないぞと、ホッとレンガの城の中で息をつきます。だけど、安心するのは早いです。なぜなら相手は勇者、恐怖の人間兵器です。
勇者は背中に背負った剣を抜くと両手で高々と構えます。剣が禍々しい白い聖なる光を放ちます。
「聖☆剣、ダイナミック!」
勇者が叫び剣を振ると、勇者の剣から衝撃波が放たれ、レンガの城の大扉がドカンと吹っ飛びました。
「「ひゃあああああ!!」」
「兄さん! 裏口から逃げよう!」
魔王の末弟は念の為に用意しておいたドライアイスを煮え立つ鍋の中に入れます。すると鍋から白い煙がもうもうと現れ、視界を覆います。
勇者がドライアイスの白い煙に巻かれている間に、魔王三人兄弟は這々の体で逃げ出しました。
「「ママーーーー!!」」
魔王三人兄弟は泣きながら魔王の母のもとへと逃げました。魔王の母は命からがら逃げてきた三人の魔王兄弟をひし、と抱きしめます。
「ママ! 勇者が、勇者が来るよ!」
「安心しなさい、愛しい子供達」
ついに勇者が恐怖の足音をガション、ガション、と鳴らしてやって来ます。
「オオ!?」
その勇者が驚きの声を上げて足が止まります。それもそのはず、勇者の目の前には魔族の大軍団が。
そこには魔王の母の窮地を助けようと集まった百人の魔王が揃い、その配下の四百人の四天王が並びます。更にその配下の屈強な魔族の兵団と、百の魔王の軍勢が地を埋め尽くすかのように陣を敷き、勇者を待ち構えていたのです。
「迎え撃て」
魔王の母の一言に、百の魔王軍は一斉に勇者に向かいます。大軍の進撃に地面が揺れる程に。
恐怖の人間兵器、勇者と言えども魔族の精鋭が集う魔王軍が百も揃えば、その圧倒的な数の暴力の前に飲まれていきました。
「オノレエエエエ!!」
こうして腹を空かせた勇者がついに退治されたのです。百の魔王軍が勝どきの声を上げます。
魔王の母は優しく若い三人の魔王兄弟に語ります。
「魔族は城、魔族は石垣、魔族は堀、情けは味方、仇は敵なり。いいですか、お前たち。魔王の城とは、そこに住む者がいてこそ、初めて意味があるのです」
三人の魔王兄弟は自分達の兄や姉になる百人の魔王を見ます。いずれも堂々として威厳があります。戦いを終えた魔王軍の臣下は魔王にかしずき、忠誠と忠心があることを見て取れます。
「これからも勇者は現れることでしょう。しかし、あなたたちなら立派な魔王となり、ステキな魔王の城を築けると、母は信じています」
若い魔王の三人兄弟は、強く立派な兄と姉を尊敬の目で見て、決意を新たにします。
魔王の母に認められるような立派な魔王になってみせるぞ、と。
◇◇◇◇◇
「こうして、若い三人の魔王はやがて臣下の信頼を得る立派な魔王となりました。魔王の臣下は魔王様の為にと、頑強でカッコいいお城をつくりました。魔王三人兄弟は臣下の働きに感謝して、自分の四天王と魔族の配下に囲まれ、魔王の城で幸せに暮らしました。おしまい」
魔族の男が絵本を読み終えると、ベッドに横になる少女が目を輝かせます。
「うむ、余も立派な魔王になるのだ」
「ええ、お嬢様なら歴史に名を残す偉大な魔王となれますとも。さ、そろそろお休みの時間ですよ」
「うむ、立派な魔王になるのは早寝早起きからなのだ」
魔族の男は少女の布団を直すと明かりを消します。
「お休みなさい、お嬢様」
「うむ、おやすみなのだ」
魔族の男は少女の寝室からそっと立ち去ります。私がお嬢様を立派な魔王様にお育てします、と、心の中で呟いて。
魔界名作シリーズは未来の魔王様を教育する優秀な教材です。魔界文部省推薦の絵本に紙芝居を取り揃えております。
お子様の好奇心を刺激する魔界名作シリーズの他に、自ら学ぶ力を育てる、幼児向け魔王チャレンジシリーズが、あなたの魔王教育のお役にたちます。