第四十話
爆風が広がり、視界が開けた頃。
二つの視線は鋭く交わり、殺気を放っていた。
エルザは優雅に鎌を持ち直し、アレンは持っていた大剣を構え、相手を睨みつける。
もっとも通常の銃では太刀打ちは不可能であることから、体の主導権はシェリーが握り攻撃を繰り出していた。
「そんなに冥界に戻るのは嫌なんですか?」
挑発した態度に対してシェリーは大剣を持ち直すと鼻で笑った。
「アホ抜かせ。お前に世界を支配されるよりは冥界にいたほうがよっぽどマシだ」
「ならば……お望みどおりにしてあげましょう……!」
エルザは高く飛び上がる。
その飛躍力とスピードは星脈術の力が加わっているとはいえ、人間の力をはるかに超えており、間一髪の所で彼女は攻撃を交わす。
(この力はもはや人間の力じゃない……。まさか……こいつ……)
攻撃を弾き返しながら彼女は一つの考えを導き出す。
神を召喚するなんて真似は、魔力が神の使い手並にあると言われているシェリーですら、全てを召喚できるほどの量ではない。
精々、ミヤビが召喚していた上級レベルの神の使い手を二体から三体程度呼び出すのが限界だったがこの男はそれを可能にしている。
そしてそれが出来る方法としては一つだけしかない。
「貴様……悪魔に魂を売りやがったな……!」
悪魔への魂を売る行為は禁忌とされている上に、大抵のパターンでは術者が死に至るケースが多かった。
しかし、この男は自らの欲と力が強かったおかげか、自らの意識の元で悪魔に宿る力を発動させる事が出来ているようであり、普通の人間が持つだけで発狂しそうになるほどの大鎌が扱えるのもそういう理由があるからであった。
エルザは笑いながら更に力を深めていく。
その姿は彼自身の姿から段々と外れていき、黒く大きな翼を広げ異型とも取れるモノへ成長していくと、近くにいた神・グラディウスを取り込み肥大化していく。
辺りからは黒く濁った雲が広がっていき、青白い雷の音があちこちと響き渡ってきた。
小さく見えるアレンの姿に彼は嘲笑うと、舌なめずりをして持っていた鎌を構える。
「悪魔との融合は素晴らしい物。それに対して怒りを覚えるなんて私にとっては心外な事です。さて――そろそろ焦れったいですし、さっさと死んでくれませんか?丁度、貴女にある魔力で補給をしたかった所なんですよ」
右手に鎌を構え、左手から黒く鋭い刃をいくつも繰り出していくが、流石に一度で全ては防ぎ切れないと判断したのか、彼女は短く術を唱えると何十にも広がる防壁を作り出すと大剣を地面に突き刺し、更にある言葉を紡ぎ始めた。
「力を宿すものよ、我の意思に応え、永遠なる力となれ」
アレンが言葉を紡いだ瞬間。
彼の体の周りからは今までにないほどの力強い光が発せられると、彼の姿に変化が起こった。
ソルドの黒い組織服は何かに答えるようかのように消え去り、代わりに銀色のコートとなりふわりと少しだけ浮き上がるのに加え、黒髪だった彼の髪は煌く銀髪へと変化していく。
そして、彼の背中からは純白の巨大な翼が生え、彼の姿を包みこんだ。
まるで空から天使が舞い降りたかのように美しく、瞳は全てを見通すかのように黄金の光へと変化していた。
「白銀の翼の真なる力ですか……。貴女こそ、人のことを言えないんじゃありませんか?」
「黙れ。お前のような外道に落ちぶれては居ない」
淡く光る白く綺麗な大剣を軽々と持ち上げて睨みつけると、彼は羽を広げ、エルザの元へと飛び出すと再び何かを呟く。
エルザも無駄と、ばかりに大鎌を振るい、術を唱え始めた。
「敵対するものは全て滅せよ……。神々の運命!」
「全てなる大いなる力よ、我を守りし者たちに加護を……。運命に逆らいし者よ(ブリュンヒルデ)!」
綺麗に空を舞う天使と邪悪な感情に満ちた悪魔。
それぞれに属性が違う彼らから、大きなエネルギーが放出され、白と黒の攻撃が入り混じり干渉しあう。
その攻撃時間は一瞬の出来事であり、今までにないほどの強い光と力がフィオナの街を襲いかかった。
◇◆◇
「っ……」
光線とエネルギーの干渉が収まり、視界が切り広げられる。
その中で、倒れていたのは――エルザの方であった。
神との力の共有がままならないのか、切り離されており、彼の姿も通常の人間の姿へと戻っていた。
アレンは翼を閉じ、銀色のコートを靡かせると一気に詰め寄り、容赦無く彼の体を貫いた。
こちらに来ることさえ気が付かなかったエルザは、一瞬、驚いた表情を浮かべるが、直ぐに悔しそうな顔へ変化すると、黒く細かい粒子となって消えていく。
「人間としての最大の罪を犯したんだ。地獄でたっぷりと痛みに悶え死ぬんだな」
魂さえ一つ残らず消えた彼の姿を、アレンは冷たい表情で見下ろしていると、突如、地響きが鳴り始めた。
その様子に彼女は深刻そうな表情を浮かべると酷く疲労している体に鞭を打つかのように急いで地をかけ始める。
なんだ?と疑問の声を掛けるアレンに彼女は手早く説明をし始めた。
「制御している人物が死んだせいでグラディウスが暴走し始めてる」
彼女は街の入口付近へと走るとそこには黒く大きな異型の物が悲鳴を上げながら暴走を始めていた。
神は魂だけでは物足りず、瓦礫と化した家までも全て飲み込み、大きく巨大化していく。
その姿を見るやいなや彼女は危険を感じたかのように顔を歪ませた。
「――まずいな。此処まで肥大化してると、先ほどの戦いで消耗している私の力で抑えきれるかどうか……」
強くその姿を睨みつけ、一歩を踏み出そうとしていた時、背後から弱々しいながらも小さな声が聞こえた。
その声の主は白いコートを血まみれにしながらも、おぼつかない足取りでこちらに向かってきている。
「待って、シェリー……。私も連れて行って」
アレンの姿でありながら内側にいるシェリーの存在に気が付けたことに若干動揺をしながらも、感づかれないようにいつもの表情へと保つ。
「悪いが、僕はアレンだ。シェリーじゃない」
「嘘……。魂の波動があの時と同じだもの。いつも一緒にいた私には誤魔化せない」
ミヤビに完全に見破られてしまっている。
これ以上、嘘を突き通しても仕方が無いと判断したのか彼女は簡単に今の自分の状況と事情を説明した。
仮初の姿とは言え、親友に会えた事が嬉しかったのか、ミヤビは顔を綻ばせると、いきなりアレンに抱きついた。
彼の内側にいたアレンの意識によって、彼の表情は思わず顔を赤らめるが、それとは対照的に涙を流すミヤビの姿を見て、黙って胸を貸す。
「シェリー……会えて嬉しい……。でも、どうして……どうして死んじゃったの!どうして私を連れていってくれなかったの……!」
泣き続ける彼女にアレンはそっと手を差し伸べ、目から流れる涙を拭ってやる。
そして、アレンはシェリーに主導権を渡すと、小さく言葉を紡ぎ始めた。
「星術師としてのトップとして次期に纏めるはずの貴女を連れて行けなかった。それに……何よりも自らの行いに対してケジメを付けたかったんだ」
それ以上何も言えないのか彼女の頭をそっと撫でる。
少し落ち着いた頃を見計らって、彼女をアレンの体から引き離す。
本当は気が済むまで泣かしてあげたいのがシェリーの本望であるが、今はそれどころではない。
「ごめんね、ミヤビ。私は今からあの神を止めに行かなきゃならない」
「なら、私も――!」
「駄目だ。ミヤビは手負いだ。それに……今は自分の体を動かすのが精一杯だろう?」
ミヤビは図星を付かれたのか、顔を俯かせて何も言わない。
しかし、彼女は何かを決めたかのように再び顔を上げると、術によって変化しているアレンの黄金の瞳を見据える。
「分かった……。じゃあ、これを持って行って」
ミヤビは白いコートから何かを取り出した。
右手に握られていたのは複数の札のようなものであり、それぞれに書かれている文字が違うようであった。
彼女はそれをアレンの手に握らせ、話を始める。
「この札は、師匠である私の母が作った特殊な術式と魔力が組み込まれてある。
本当は力を半分ぐらい弱らせた後に私が封じるはずだったんだけど、結局太刀打ち出来ずにそのまま使わずじまいだったんだ。
母の魔力が込められているからあの神にもある程度効くはず。それにシェリーの力を上乗せしたら封じ込めることが出来ると思う。だから……」
自分が力になれなかった事が情けなかったんだろうか、涙声でアレンに話すとそれ以上何も言わなかった。
彼女の真意を感じたのかシェリーは分かった、と一言言うとその札を受け取り、銀色のコートの中へしまい込む。
ミヤビに背を向け、アレンは大きく綺麗な白い翼を引き出した。
飛び立とうとする寸前に、彼女は目を手でこすると、白銀の翼を発動させているアレンに向かってもう一度声を掛けた。
「シェリー、帰ってきたらまだ話をしてくれる?」
「ああ。その時にはちゃんと話をするよ」
アレンは彼女の方へと振り向かないままそう答えると、翼を羽ばたかせ宙に浮かぶ。
スピードを上げ、グラディウスの方へと飛び立っていくが、その時のアレンの顔は今まで見せた物とは違い、複雑な表情を浮かべていたのだった。