第三十九話
こちらに向かって突っ込んでくる彼女に対し、エルザは中々倒れない事に焦れったさを感じていた。
いくら多く市民を取り込んだとは言え、まだまだ破滅のエネルギーとしては不十分な程しか集まっておらず、彼自身としてはあまり時間を掛けたくないのが本音であった。
エルザは制御を取りながらも、左腕につけてある腕時計を見やり、小さく嘆息を零す。
(此処までの戦いで約三十分少々……。そろそろ決着を付けたい所ですね)
集めるエネルギーに掛かった時間は僅か数分足らずだったのに対し、彼女との戦いは既に三十分を経過している。
これ以上、時間を掛けていると、アレンたちに追いつかれ、邪魔をされるのも時間の問題だった。
(流石にシェリーとの戦いでは体力を温存しておきたいところだ。次の攻撃で片をつけましょうか)
エルザは小さく呟くと、グラディウスの右手から何かが現れた。
徐々に形を形成しながら、鋭く光るその鎌は漆黒に包まれ、向かってくる敵に対して突っ込んでいく。
互いの剣と鎌は攻撃を受け、周囲には大きな閃光と爆音が響き渡った。
そして、舞い上がる砂煙が消えた頃。
フードを被った銀髪の少女は、痛みに顔を歪ませながら地面へ投げ飛ばされ、地に落ちた。
持っていた剣は先ほどのように虹色には光っておらず、鈍く光るただの剣へと変化している。
少女は痛みに耐えながら立ち上がろうとするが、激しい痛みのせいで口から血を吐いてしまい、力を維持するのもままならないのか近くにいる白龍の姿は消えてしまう。
それでも彼女は剣を支えとしながらも、大きく立ちはだかる神に対して弱々しい瞳ながらも睨みつけた。
彼女の姿を見てエルザは、ほう……と小さく感嘆の意を示した。
「あの攻撃を受けて立ち上がるとは大したものですね……。でも、その姿を見ると貴女はもう長くはない」
彼はそう言って指を弾くと彼らの周りから大量の黒い槍が彼女を取り囲んだ。
首元には大きな飛びナイフが向けられ、薄っすらと刃に当たったのか、彼女の喉元から小さく血が流れる。
「私相手に此処まで戦えたのは素晴らしいことです。せめてもの餞にじっくりと切り裂いてあげましょう……!」
エルザは不気味に笑みを零すと再び指を弾こうとした瞬間。
背後から何かの衝撃を感じた。
強力な結界を張っていたせいかその攻撃の威力は大したものではなかったが、小さく見えるその先からは一つの視線がこちらを睨みつけていた。
黒いコートを靡かせ、鋭く光る赤い瞳を持ったその者は息を切らしながらもこちらに向かって走り進めてくる。
「このタイミングでアレンが来るとは……」
全く、タイミングの悪いことですね、とエルザは呟きながらも容赦なく目の前にいる彼女に向けて攻撃を放つが、彼女の攻撃が当たる寸前に何かに弾かれ、黒い槍は方向性を失い地面に落ちて消えていく。
エルザは眉間に皺を寄せてよく目を凝らしてみると、そこには薄っすらとだが、結界が張ってあった。
「最後の足掻きですか?全く……褒められた物じゃないですね」
彼は操作する手を強めると、彼女の周りに張ってある結界にヒビが入り始める。
結界は限界を超えたのか呆気無く割れてしまい、彼女の元へ黒い槍が数本向かってくる。
だが、その間一髪の所で槍は軌道を変え、遠くにある廃屋の方へと向かい当たって砕けた。
「間に合ったか」
全身を淡く光らせながら、アレンは倒れている彼女の元へと駆け寄った。
その顔には先ほどよりも生気は奪い取られており、アレンは小さく何かを呟いて彼女の額にすぐに手を当てると直ぐに緑色の光が包み込む。
数秒もしない内に身体から出血が止まったのと同時に、彼女の表情から生気の色が戻るが、それでもいつ死んでもおかしくないほどの傷を追っていた。
彼はそっと彼女を寝かし、エルザが操っている神の前へと立ちはだかる。エルザはその姿を不快そうに顔を歪めた。
「いつの間に星脈術を使うように……」
ふん……まあいいでしょう、とエルザは勝手に自己完結を行うと目の前にいるアレンを大きく見据えた。
その表情は先ほどとは違い、殺気に満ち溢れており、その力に答えてか神の周りの力も強くなっていく。
「どうせ、その女は遅かれ早かれ死を辿る運命……。貴方も一緒に死の元へ連れていってあげますよ。これ以上、私の邪魔もされたくないですしね」
キザな物言いで発言するエルザに対して、シェリーは殊勝な態度で鋭い視線を冷徹な瞳で見つめ返す。
「何を言うのかと思ったら……あの子が死ぬ前に私が勝てば済むことだ。ただそれだけの事だろう?」
「その勝気な発言……。いつまで続くのか楽しみですね」
エルザは大きく笑うと、自らの右手から黒く大きな空間を広げると、頭身ほどにも及ぶ鎌を取り出した。
彼に手に握られているその鎌はグラディウスが持っている鎌とは違い、純血の赤に染まり、その狂気にアレンは圧倒を隠せないほどであった。
「地獄の冥界へ……貴方をご招待してあげましょう。向こうの奴らにとってはさぞかし美味しいご馳走となりますしね」
「お前は……本当に悪魔だな。人間の姿を被った悪魔だ。そんな悪魔をこの世界で野放しにしとくわけには……いかないんだよ!」
彼らが同時に地を駆け抜けると、またしても大きな爆音と衝撃が辺り一帯を襲いかかった。
◇◆◇
アレンの身体は爆風に飛ばされるが、上手く受け身を取りながら、シェリーの術で結界を張って着地を行うと、直ぐ様体勢を変えて、何かを呟くと彼の右手から等身大程の白く銀色に光る大剣が握られていた。
大剣は彼女の制御によって、攻撃を打ち返しながらも前へ前へと進んでいき、エルザも負けじと黒い大鎌を振り上げていく。
互いの攻撃はほぼ互角に等しく、白と黒の閃光が飛び交う度に激しくぶつかり合っていた。
遠くの方で繰り広げられている攻撃を見やりながら、少女――ミヤビは辛そうに息を吐いた時、黒いコートを着た少年が持っている武器に驚きを隠せなかった。
(あれは、神の加護を受けたと言われる伝説の大剣……。白銀の翼……)
薄れ行く意識の中で、彼女は少年が持っている武器を見据えると同時に、ある一つの伝説の武器の存在を思い出していた。
――白銀の翼。
かつての伝説の中で利用された七つの聖具と言われている伝説の武器であり、その威力は神にですら太刀打ち出来るほどの力である。
だが、その剣の力は通常の人間の魔力を有に超えており、一概の少年が取り出して手にできるほど、簡単に扱える代物ではなかった。
(何故だ……。あのような普通の者が何故使える……)
目を細めて遠くにいる少年の姿を見ていると、彼女はある違和感に気がついた。
戦いにより、魔力は殆どなくなっているが、今でもその力は若干残っており、大地の波動や魂の力を薄らと感じている。
奥にいる少年の波動は、通常の人間ではあり得ないほどの魂の力と魔力が放たれているのに加え、彼の体の中には二つの魂の力が渦巻いていた。
(一つはそこまでの魔力は感じない。だが、もう一つの魂の魔力は……なんだ。とてつもない物を感じる。しかしこの波動は何処かで――)
何かに感づいたかのようにミヤビは思考を止めると、かつて一緒に修行を受けた黒髪の少女の姿を思い出す。
僅か十二歳で、術者の中で一番強いとされていた私の師でもある母親の力を有に超えてしまった人物。
その内から溢れ出ていた魔力の波動は巨大な物であり、仲間の中ではあまり近寄る人は少なかったが、彼女は毎回何処かで心地よさを感じていた。
強いながらも、優しくて温かく感じる魔力。
まさか、と思いながらもミヤビは戦っている少年の姿を再び見つめた。
(シェリー……そこにいるの?)
目の前に戦っているのは少年の姿しか見当たらない。
だが、彼女の視界の中では、共に修行して生活をした、親友であるシェリー・ハロルドの姿が目に浮かんでいた。