第三十八話
神・グラディウスと白いコートを被った少女の戦いは始まっていた。
最初に駈け出した少女は虹色に輝く剣を手に取り、グラディウスの方へと刃を向ける。
「――っ!」
右手で攻撃を振りかざしながらも、急所を狙おうとする神に彼女は短く何かを唱えながらその攻撃を弾く。
少女はある程度間合いを取りながら、剣を一振りすると何十本もの光の矢が神に向かって撃ち放たれ矢の何本かの内はグラディウスの腕に突き刺さるが、悲鳴も上げずに僅かに表情を歪めるのみだ。
(一筋縄ではいかない……か)
予想よりも上の力に彼女は苦虫を噛み潰した表情に変わる。
元々、星脈術は禁忌とされている神を呼び出す召喚術に対抗できるように組まれている。脈術の中でも特殊な術式だ。
それでもこのダメージで済んでいるのは、恐らく神の元ある力に加え、鍵となる純粋な魂も上乗せされて力が増幅されているからだろう。
このまま矢や弾を無数の限り撃っても神にとっては微々たるダメージにしかならず、最終的には持久戦となってしまい、こちらが負けるのも目に見えている。
(だったら……神に対抗するものを呼べばいい)
本当はあまり使いたくないのだがな、と彼女は内心思いつつも、先ほどよりも更に暴れ始めているグラディウスを見ながらコートのポケットからある札を取り出した。
その札は白く何も書かれていないが、彼女は札を握りしめ、手に力を込めると、紙の表面には淡く青い文字で何かが浮かび上がってきた。
その文字は一般人には読めない特殊な字で書かれており、彼女は灰色の瞳を一層のこと際立たせながら、その札を地面の元へ投げつける。
札は地面についた途端、青い炎を纏いながら、徐々に大きくなっていき、その炎の中から一つの巨大な生物が浮かび上がってきた。
白く長く伸びたソレは大きな咆哮を上げながら、黄金の瞳で目の前にいる黒い神を睨みつけ今か今かと彼女の指示を待っていた。
――天の神の使い手・白龍。
今でこそ伝説とされている程の巨大な白い龍の事で、地上を見守る神の使い手の一匹であり、この龍を携えれる者は星術師の中でも彼女一人だけであった。
『ミヤビ、どういたしましょうか?』
動物とは思えないほどの流暢な発音で人間の言葉を喋る龍に対し、ミヤビと呼ばれた少女は一言、あいつを倒すのを手伝ってくれというと、白い龍はそれ以上何も言わずに彼女を乗せ、暴れまわっている神のもとへと飛び始める。
しかし、その彼女の表情は先ほどとは違い、少し青ざめた表情を浮かべていたのだった。
◇◆◇
アレン達は瓦礫を片付け、道を切り開いて暫く走った頃、彼は何か違和感を覚えずには居られなかった。
自らの体を通る風ではない。体の何処かが痛いわけでもないが、彼は心の何処かで違和感を拭いきれないほどの感覚に襲われた。
(誰かが、術を使ったんだな)
彼の体の視界から覗いていたシェリーは一言そう零す。
彼女曰く、此処で何者かが星脈術と呼ばれる物を利用した形跡があるらしい。
そして、彼の体は中に入っている彼女の魂がソレに反応しているからそういう違和感が生まれているからだそうだ。
(星脈術を使える者が居るとなると心強い限りだ。急いで向かうぞ)
再び走りを早めた彼の視界に何かが映った。
今の場所から結構離れているのか、ソレは少し小さく映る。
彼は一瞬見間違えたのかと、思考を巡らせながら、もう一度目を凝らしてよく見てみた。
あれは……白い龍か?
まるで物語の一部分を見ているかのように綺麗な白い龍が淡く光る夜空の上で、黒い神と敵対していた。
その上には、白いコートに身を包み、セミショートぐらいの長さに整えた銀髪の少女が七色に光る剣を携え、攻撃を行なっている。
少女は真っ白いコートを翻すと、彼女の左手から白い矢と電撃が現れた。
対する敵は黒く大きな弾を何個も創りだして彼女の元へ攻撃を放つ。
攻撃は互角なのか、弾き弾き返されの繰り返しで、互いの攻撃でどちらも倒れることはない。
だが、白い龍の上で戦っている少女の姿をよく見てみると、その表情は青白く、先ほどよりも青く変化しているような気がしなくもない。
(急ぐぞ、アレン)
咄嗟に動かないアレンに彼女は勝手に意識を乗っ取りながらその足を走らせる。
おい、どうしたんだ、と彼は聞くと彼女は何処か焦ったように言葉を返した。
(あれは召喚によって生気を取られている。早く行かないと彼女の命が危ないぞ)
◇◆◇
「っ……はぁ……はぁ……」
一体、龍の上に乗って攻撃を弾き返してから何分経ったのだろうか。
恐らく、まだそこまで時間が経っていないのだろうが、彼女の体には段々と重みがのしかかってくると同時に何かから魂を吸われるような感覚が常時襲ってきており、このままだと自らの身も危ないという事は彼女の本能が告げている。
(流石、天の神の使い手と呼ばれるほどの力だ。私の生命力は後持って数時間だろう)
本来、召喚術は修行を積んだ魂の強い僧侶が使う術であり、一概の占い師と呼ばれている彼女ぐらいのレベルでは制御するのが精一杯なのだ。
それでも彼女が無理をして召喚したのにはある理由があった。
虹色に輝く剣を携えながら、ミヤビは龍の上で息を整える。
灰色の瞳が見据える目の前には黒い大きな敵であるグラディウスと不気味な笑みを浮かべているエルザの姿しか見受けられない。
ミヤビは白龍に指示を飛ばしながら術を紡ぎ始めると、彼女の周りには淡い黄金の光が現れた。それに伴い彼女の瞳も金色へと変化していく。
少女は再び敵の方へと姿を向けると、そこには壮絶な光景が目に広がっていた。
老若男女問わず、たくさんの人々が縛り付けられており、目の前に居る敵が一つの攻撃行動を起こす度に、数人の人間が神の体の中へと侵食されていく。
そして、その中心部にはある人物が虚ろな表情でこちらを見ていた。
その者は彼女とは対照的に黒いコートを羽織っており、ミヤビと同じように何かを紡いでいる。
その人物の姿が目に入ると彼女は悲しみと悔しさで、まだ幼さと大人さを交えた綺麗な顔を歪ませた。
(母さん……)
黒いコートに身を包んだその者こそ、グラディウスの魂の本体であり、彼女の母親の体でもあった。
数日前、彼女の母親はエルザに襲われた。
その時彼女も一緒であったが、乱暴に扉が開く直前、咄嗟に母親が転移術を使って逃がしてくれた事により難を逃れたが、彼女が守った代償は余りにも大きすぎた。
その男、エルザ・グレーゴルはドアを開けると、母親を殺そうと仕掛けたが、母親自身から溢れる高い魔力に気が付き、彼女の魂を殺した後、器となる体をある容器に収め、特殊な加工を施した。
施された体はアレン達の力が復活する瞬間の中心部に置かれ、復活したその神の魂はその器に収まり、具現化した体を動かしていた、と言うことである。
勿論、この事は余程の星術師の力を持ってるものでない限り、初見で見抜くのは難しく、彼女ですら特殊な術式を発動させないと自らの瞳に映しだすことは難しい。
目の前の敵はただ目標となる彼女を倒すために、身体を動かし、器は濁った瞳で彼女に対する憎悪の表情を浮かべる。
そして、身体が行動を起こそうとする度に、侵食された者は跡形も残らず消え去り、グラディウス本体は満足そうにこちらに向かって歩き進めるだけだ。
(身も魂も喰らい尽くすとは……なんと恐ろしい神だ。いや……このような者はもはや神ではない。悪魔だ)
そんな物を操るエルザ・グレーゴルとは一体何者だろうか。
もはや神を召喚し、世界を滅ぼそうとしている時点で人間の思考と力を超えてしまっている。
(待っていてね……。母さん、今助けるから)
もう命が無いことは自らの家に戻った時に母親の魂が壊れているのを見て分かっている。
だが、今動いている姿を見る限り、やはり母親は生きているのかと、勘違いしてしまいそうになる。
ミヤビは慌てて頭を振り、黄金の瞳を見据え睨みつけた。
――あれはもう、母親じゃない。
せめて、安らかな土地へ永眠させてあげたい。一緒に帰ろう。
彼女は聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で紡ぐと、目の前にいる敵の方へと龍に指示を飛ばし、剣に力を込めると、強く光る七色の剣を持ったまま敵の元へと突っ込んでいった。