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第三十七話

エルザは高々と声を上げながらも、目の前にいるグラディウスに対して命令を下す。

それを承知したグラディウスは建物の中を飛び出し、人々が住まう市街地の方へと歩き始めた。


「させるかよ!」


アレンはそう吠えると、自らの剣を取り出してエルザの方へと振り下ろすが、何かの壁で守られているかのように安々と弾き返されてしまう。


「残念ながら……そんな(なまく)ら刀の攻撃なんて、ただの紙に等しいぐらいの力なんですよ……!」


エルザは笑いながら、右手を捻ると手の中から強い光を交わらせた球体を発した。

バチバチと耳障りな音を弾かせていたその球はある程度大きくなると、追いかけていたアレンの方にへと放たれた。

螺旋状に廻り来る攻撃を、アレンの体を操っているシェリーは走る足を止めずに大きく横の方へと飛んで避ける。

彼は先ほど居た場所に視線を向けると、そこにあった木々などの全ての物が消え去っていた。


(全てを葬り去る闇の最高位の術か……)


恐らく、自らを媒介として神の力を出してるんだろうが……厄介だな、と彼女は思わず舌打ちをした。

芳しくない状況を見た彼は勝算はあるのか?とシェリーに問う。


(今の状態だと絶望的だな。神が完全に復活しきっている状況で勝てる奴のほうがどうかしてる)


彼女の言葉にアレンは言葉を失った。

つまり、現段階ではアレを止める術はない。

シェリーは彼の考えに気がついたのか、しかしだな、と言って言葉を続ける。


(全く方法がないわけじゃない。一つだけ方法がある。だが、その方法は生死を彷徨うかもしれないぐらいお前にとってはハイリスクな事だ。それでも……やるか?)


やらなきゃ世界が終わるんだろ。そんなの御免だ、と彼はおどけた口調で言う。

彼女は弟の少しだけ笑いながらも倒れていた体を起こした。


(ふん……試すまでもなかったか。じゃあ……行くぞ!)


彼は体を起こして立ち上がると、エルザ達が向かった市街地の方へと再び走り始めた。


◇◆◇


深夜零時過ぎという遅い時刻にも関わらず、未だ街の明かりは所々に灯っていた。

その原因は紛れも無く、今迫り来る大きな黒い闇の者に対して向けられていたからだ。

あれはなんだ、異常気象の一種か?と人々は迫り来る未知なる物に対してそれぞれの感想を述べている。


その中で白いコートを着込み、フードを被った一人の銀髪の少女が何も言わずにその姿を見据えていた。

歳は十五歳前後か。彼女の身長は同年代の子らに比べて低いが、その目に宿る鋭い目付きは大人ですらも圧倒させるだろう。


(やはり、あの方のお告げは正しかった)


そう思考を巡らせ軽く舌打ちすると、小さく何かを述べた。

地面からは淡い光が発せられ、彼女の手の中に光は交わると、一つの剣が彼女の手の中に握られていた。

その剣は彼女のコートと同じぐらい白く綺麗で、見る物全てを圧倒するほどの力強いデザインがなされていた。


(あの方のお告げを信じなかったこの街の隊長はどうかしている。だからこそ、あの方は最後の望みとして私に託したのだろう)


さてと、と彼女はか細い声で呟くと目の前に近づいている敵の方を睨みつけ大きく息を吐いた。


(私の母の為にも、倒さなければな)


少女は剣を右手に持ち替えると市街地の方で繰り広げられている大きな敵の方へと走りだした。


◇◆◇


「まずは此処からですかね」


エルザは行け、と低い声音で発すると神・グラディウスは大きな咆哮を上げながら街の中へと入っていき、自らの黒い右手を振ると手元から何かの光が集まってきた。


「な、なん……うわあああああ!」


迫り来る敵を見た市民や警備隊の兵士たちは突然悲鳴を上げ倒れていくと同時に淡い光を放った物が人々の体の中から出てきた。

グラディウスはそれを手に取り、口いっぱいに放り込むと満足そうな表情を浮かべて己の右手の拳を握り締めると、体から黒い刃が現れそれは家が立ち並ぶ市街地の方へと放たれた。


「そうだ……もっと破壊するんだ」


神の肩に乗り込み満足そうに見上げるエルザはそう呟くが、爆風と破片が飛び交い見るも無残な姿になっていく街を見る中で一人の白いフードを着込んだ少女は剣を携え、グラディウスの前に立ちはだかった。


「貴様か。忌々しい神を地獄の底から呼び寄せた悪魔は」


少女の凛とした声が響き渡る。

衣類も肌も武器も全て白く印象的な彼女の姿を見てエルザは鬱陶しそうに舌打ちをした。


「だからなんです?早く死にたいのならお望みどおりしてあげますよ?」


気味の悪い笑みを浮かべた彼は、行け、と低い声音で生み出された神・グラディウスに命令を下す。

神は主の言うがままに右手から黒い弾を出現させ、白い少女の方へ攻撃を放った。


「お前ごときに殺される私ではない」


土煙が上がるその中で一つの声が響き渡る。彼は目の前で起きている出来事に思わず目を見張った。

白いコートを靡かせ、優雅に構えて立つ少女の前には薄い虹色の光を発した剣を中心として一つの巨大な半透明の壁が立ちふさがっていたからだ。

薄く透けているその壁には、六王星を中心とした線が結ばれ、この国の言語ではない違う言葉が書き綴られており、ある分野を学んだ者にとってはそれは身近でなおかつ見知っているものであった。


「……貴女は星術師か」


少女は薄ら目を細め、エルザの姿を向き直ると嘲笑うかのように視線を向けた。


「ほう……。私のことを知っているのか」


「知っているも何も、私はこの国の脈術について全部調べあげましたからね……。表向きの職業としては占い師として雇われていたようですが、本当はそうではないのでしょう?」


彼は当然とばかりに鼻で笑った。


――星術師(せいじゅつし)

星の動きとこの世の全ての道理(ことわり)から生まれている力・脈術に優れており一般的な職業としては占い師と呼ばれていたが、工業が発達した現代ではそのような物はただのオカルト話でしかなく絶滅した職業と言われていた。

この国に残る歴史本・サークナイト伝記には星術師は一般的には占い師としての職務を全うし、優秀なものは国家の主である王へ接見・助言を行なっていたという記録が残っているが、彼が言うとおりそれ以外にも秘密が隠されていた。


「そうだ。脈術の発展を願い、応用を効かせた術を発明し続けた結果、もう一つの並行世界(パラレルワールド)と同じ力を持った。それが我が術である星脈術(せいみゃくじゅつ)と呼ばれる物となっている」


エルザの指摘に彼女はそう言って、表情を変えずにそのまま目線を向けると淡く虹色に光る剣を構え睨みつけ再び言葉を紡ぎ始めた。


「そして、この術の最大の意義はな……」


彼女は息を軽く吸い、言葉と共に吐き出す。


「貴様のような悪魔に神を使役させない為だ!」


少女は被っていた白いフードを外し、剣を横に構えると、冷たく見下ろすエルザと欲望に身を委ねた地獄の神・グラディウスの方へと駆け出した。


◇◆◇


「はぁはぁ……」


エルザの妨害を受け、再び体勢を整えたアレンと己の身の内に宿るシェリーは市街地の方へと走り続けていた。

森の中では草木が生い茂っており、通常の道を走っている時にも体力が奪われやすいが、息を荒げながらも彼はひたすら走っていく。


(――そろそろだ、アレン)


胸の内で彼女にそう告げられたアレンは歩みを緩め、目の前に広がる視界に意識を飛ばす。

今、彼らの目の前には煙と粉塵と火が舞い上がるいつものフィオナの街からは想像がつかないぐらい悲惨な状態の光景が繰り広げられていたと同時に民家だった物らしき木の柱やレンガが大量に積み重なり、彼らの行く手の邪魔してしまっていた。


「クソッ、これじゃあ前に進めねえ……!」


エルザの戦いに身を投じ、なんとしてでも世界の破滅を止めなければならない。

彼は手持ちの装備を取り出し、使えそうな物としてはロープぐらいだな、と思考を巡らせるが、ロープの長さに対し、瓦礫の高さが余りにも大きすぎる上、今にも崩れそうな瓦礫の上に乗るのはリスクが高すぎる。

しかし、此処で足止めを食らうわけにはいかない。

どうしたもんか、と彼は考えていると、黙ってアレンの視界から見つめていたシェリーは思いがけない言葉を口にする。


(――アレン、ちょっと体の主導権を貸してくれないか?)


実は先ほどの攻撃の反動で体は元のアレンに戻っていた。

此処で悶々と考えても仕方ないしな、と彼女に対して言うと言われた通りシェリーに体の主導権を渡し、アレンは自らの意識の中で彼女がしようとしている事を黙って見守った。


(ちょっと精神的な反動があるかもしれんが、我慢しろ)


シェリーは彼にそう呟いて何か呪文のような物を唱え始めた途端、アレンの心の中からなんとも言えない様なざわつきが広がり始めた。

心――いや、己の内に存在する魂か何かを引っ張られる感覚に近く彼はその痛みで悲鳴を上げ始める。

彼女はそんな彼を無視し、言葉を呟くと彼の体の周りから強い風と数本の淡い光が交わり始めた。


「――我ここに誘いの力とせん……!」


最後にこの国の言語でそう言うと、目の前にあった瓦礫の山は道を開けるために重力に逆らい横に広がり始める。

完全に先が開ききった所で彼の体の周りは完全に光を無くした。

なんだこれ……と呆然に呟く彼に彼女はいつもと変わらない口調で話を始める。


(脈術を応用した、星脈術というものだ。詳細については時間があったらまた話してやる)


彼は前に視線を戻すと先ほどと同じく走り始め、綺麗に広がった道を抜けて、フィオナ市街へと再び走り始めたのだった。


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