第三十一話
一方、その頃、ようやく会議が終わり、アレシア市内にあるミーティア本部へ帰ってきたフェリクスは、一緒に居たアドルフと共に玄関へ入っていく。
早めに帰ると言っておきながら、時刻は既に午後一時前であり、アレンくんに申し訳ないことをした……と思いながらも扉を開けた。
しかし、部屋には誰もおらず、彼の姿は見当たらない。
「変だね……。留守番役を頼んだのだけれど……」
「昼時だし、何処かに買い物にでも行ってるんじゃないのか?」
「まあ、確かに時間が時間だしね……。ちょっと他の人に聞いてみるよ」
フェリクスは、扉を閉めると、廊下の近くにいたミーティア職員に声を掛けた。
声をかけられた職員は、書類を持ったまま、どうかされましたか?と彼に対して問う。
「ちょっと、済まない。アレン・ハロルド君を見なかったかね?」
彼は名前を言うが、聞き覚えのない名前にピンと来ないのか、怪訝そうな表情を浮かべた。
フェリクスは、ソルドの服を来た黒髪の人の事なんだけど、と付け加えると、職員は、ああ、あの人ですか、と何か思いだしたかのように言葉を紡ぎ始める。
「なんか、フィオナの警備隊の人から電話があって急用が出来たから、僕が居ない少しの間、一時的な留守番をお願いします、と言って出て行きましたよ。確か二時間ぐらい前だったかな」
彼の発言に、アドルフ達は互いに顔を見合わせた。
――おかしい。
フィオナの警備隊がアレンに電話を掛けてくる思い当たる用事とすれば、現状の所ひとつしか無い。
そう、ノエルの誘拐事件だ。
しかし、あの事件の事はミーティア内部の中でもフェリクスを含め、上層部の一部しか知らないはずだ。
「その警備隊の人の名前、わかる?」
「確か、副隊長のティル、なんとか……という人から来たと言っていましたが」
嫌な予感を感じたフェリクスはアドルフにアレンに電話をかけるように指示をした。
彼も同じ考えだったらしく、アドレス帳の中からアレンの番号を探し出し、電話を掛ける。
だが、彼の携帯には電源が入っていないのか、おかけになった電話は現在、電波の届かない場所にあるか電源が切られており――の機械的なアナウンスが繰り返されるだけだ。
アドルフは、悔しそうに舌打ちすると、彼に掛けていた電話を切り、着信履歴からフィオナ警備隊の電話番号を探しだし、発信ボタンを押した。
数回のコール音が鳴り響いた後、電話に出たのは、以前、アドルフに状況を説明した男――フィオナ第一警備隊士官のエーベル・フォルクマールであった。
「もしもし?」
「エーベルか?急で悪いが、お前の警備隊の副隊長に、ティルっていう奴いるか?」
突然の問いに戸惑いを隠せずには居られないようだ。
だが、切羽詰まった口調で何かを感じたのか、いいえ、そのような名前の人物は居ませんが……?と彼は答えた。
そうか、すまない、とアドルフは言って直ぐに電話を切ると、苦々しい表情を浮かべた。
「完全に、奴らの罠にはまったな、アレン――」
◇◆◇
病院にいたウィルは中にある食堂でお昼ご飯を食べた後、エレベーターに乗り込もうとした時、ある人物と出会った。
その人物は彼より二、三歳ぐらい若いであろう灰色の髪でココア色の瞳が特徴的な青年だった。
ウィルの姿に気づいた青年は、急いでエレベーターに乗り込み、お久しぶりです、と声を掛ける。
「誰かと思ったら、スコットでしたか」
見覚えのある顔にウィルは思わず笑みを零す。
いつもアレンのデスクの隣に座って作業をしているスコットだった。
彼は久々に会えた、先輩に対し嬉しそうな表情をする一方、直ぐに申し訳ない表情を浮かべた。
「お見舞いに来るのが遅くなってすみません……。事件の処理や先輩らの報告書が多かったので、来るのが一週間以上遅くなってしまいました……」
「別に構わないよ。むしろ、ヴィオラから離れたこのアレシアまで足を運んでくれてありがとう。何も無いけど、お茶ぐらいなら出せると思うから」
エレベーターが目的の階へついた後、ウィルはそう言って後輩のスコットを部屋へと案内すると、簡易ポットを使い、紅茶を差し出だした。
差し出された温かい紅茶を一口啜り、一息ついた。
「最近、寒いので、温かいものは身にしみますね。ありがとうございます」
「簡易的な物で申し訳ないね」
「いえ、僕は紅茶、好きですから……。それより、さっきアドルフさんに会ったのですが、アレンさんに何かあったんですか?」
突然、そのような話を振られるとは思わなかったのでウィルは怪訝そうな表情を浮かべた。
「アレンとは二日前に会ったばかりなんですが……何かあったんですか?」
「さあ……詳しいことはよく分かりません。アレンから連絡が無かったかどうか聞かれただけなので。でも、フィオナがどうとか聞こえてきたな。
そういえば、フィオナって言ったら、アレンさんの幼なじみがいるって言ってましたよねー」
部屋に置いてある時計を見上げ、何かに気がついたように、あっ、そろそろ行かなきゃ、と言ってスコットは紅茶を飲み干し、カップを彼に手渡して立ち上がった。
「もうそろそろ戻らないと。ヴィオラの仕事がまだ残ってるんで」
お大事に、とスコットは彼に手を振って部屋を出ていった。
その姿を見送ったウィルは扉が閉まり、彼の姿が見えなくなると、何かに気がついたように表情を一変させる。
そして、机の上に置いていた携帯を取り、ある場所へと電話を掛けた。
「もしもし、フィオナ警備隊ですか?ウィル・アーヴィンと申します。実はちょっと聞きたいことがあるのですが――」
そう言って彼は相手先に説明を求める。
電話口で説明を聞いていたウィルは話を聞き終えると、何かを確信したように、では、失礼します――と電話を切った。
そして、壁にかけてあった新しく新調した自らの組織服を取り、立ち上がると同時に、袋に包まれてしまってある自らの剣を取り出し、見えないように腰に備え付けた。
(本当はこういう真似はしたくないけど……。今回に限っては凄く嫌な予感がする)
ウィルの勘の良さは昔からだった。
大体、彼が嫌な予感を感じさせると、アレンが何かしら危ない目に合っていたりすることがあるのである。
今回はいつもと違い、心の中がざわめく程の不吉な予感が彼の胸の内へよぎる。見過ごすわけには行かない。
彼は見つからないように長い銀色の髪を一つに結ぶと、申し訳なさそうに、病室のドアを開け、こっそりと出ていった。