第二十九話
「家まで送りますよ?」
本来のアレンの仕事はフェリクスの護衛だ。
アレンは彼の身を案じてそう言うが、対するフェリクスは繁華街の近くで、いや、此処でいい。アレン君も気をつけて帰ってね、と一言いうと、色とりどりのネオン街並みへと消えてしまった。
フェリクスさんも意外と飲みに行くんだな、と心のなかでアレンはそんな感想を抱きつつも、夕飯用のご飯を近場のコンビニで買うと、その袋を下げたまま彼は借りているアレシアの寮へと歩き進めていった。
「ただいま」
誰もいない真っ暗な部屋の中で彼の声は木霊する。
アレンは靴を脱ぎ電気を付けると、荷物は全て机の上へ置いた。着ていた組織服も着替えると一息ついてソファーの上へと腰を下ろす。
何気なく、テレビのリモコンにスイッチを入れてチャンネルを回してみるが、あまり面白い番組はない。
適当な番組にチャンネルを合わせると、アレンは買ってきた唐揚げ弁当を取り出して口に運び始めた。
(そういえば、ノエルどうしてるのかな)
此処一週間、彼女から連絡が全くない。
いつもなら週に一回程度は向こうから連絡を取ってくれており、恐らく今回は仕事が忙しいのだろう、と彼は思うが、彼女の性格からして、一週間全くメールも電話などの連絡が無いのは少し不気味に感じる。
久々にこちらから電話してみようか、とアレンは思い立ち、懐からプライベート用の携帯電話を取り出すと、彼女に電話を掛けた。
しかし、彼女の携帯は電源が切られているのか「おかけになった電話は現在電波の届かない場所にあるか電源が切られており――」のアナウンスが繰り返されるだけだ。
(出ないな……。寝てるのか……?)
時刻はまだ十時過ぎだが、警備隊長という職務の都合上、早朝勤務が多い。
その為に早く寝ているのだろうか、とアレンは思考を巡らせると、持っていた携帯を閉じると再び懐へしまい込む。
付けているテレビをBGMにしながら、残っている弁当を食べ進めていった。
◇◆◇
翌日。
昨日は遅めの夕飯と摂った後、風呂に入って即座に寝てしまったらしい。
まだ時刻は朝の六時頃で、九時の勤務からまだ時間がある。
彼は起き上がって直ぐに身支度を整えると、長い黒いコートを羽織り、外へと出かけた。
外を出てアレンが向かった先は、この近くにある露店街だった。
朝が早いのにも関わらず、既に人が多くひしめいていた。
ヴィオラの露店街よりもはるかに店は並んでおり、近くのテーブルでは仕事前に一服しようとしているサラリーマンなどがよく目立つ。
アレンは軽食専門の露店へ向かい、ハムとチーズの入ったホットサンドと温かいブラックコーヒーをテイクアウト注文すると、食事用のテーブルに座り食べ始めた。
「アレン、珍しいじゃないか」
そう声を掛けてきたのは上司であるアドルフだった。
彼の手にはアレンと同じ、ハムとチーズのホットサンドが握られており、一緒に席いいか?とアドルフは聞いて、アレンが頷くのを確認すると向かいの席へ腰を下ろした。
「お前、いつも遅刻するときに言っていた朝に弱いって話は嘘だったのか?」
「いや、今日はたまたまですよ」
上司の疑いの視線にアレンは、本当ですよ?と言ってホットコーヒーを啜る。
まあ、そんな日もあるか、とアドルフは勝手に自己完結すると、彼に向かって話を紡ぎ始める。
「仕事の方はどうだ?」
「結構、楽しいですよ。それにフェリクスさん優しいですし」
「まあ、確かにフェリクスは良いやつだからな。しっかり護衛の方頼むぞ」
護衛と言うより補佐みたいな感じですけどね、とアレンは言うと最後の一切れのホットサンドを飲み込んだ。
そして、コーヒーを飲み干すと片付けるために席を立ち上がる。
「もう行くのか?」
「ええ。アドルフさん忙しそうですから」
アドルフが開いていた黒い手帳に気がついたのだろう。
そのスケジュール帳にはぎっしりと予定が詰め込まれている。
「事件から二週間経って、ようやくアレシアの日常も戻ってきたようだが警戒レベルは下げられないしな。それに俺が忙しくしないと組織は回らない。――まだ時間はあるんだろう?そうも言わずにもうちょっと居ろ。俺も朝はゆっくりしたいしな。そこのクレープ屋で好きなもん買ってこい。俺のはチョコバナナクレープでいいから」
突然、銀貨一枚を渡されてアレンは彼に返そうとするが受け取ろうとしない。
これが上司なりの部下への愛情表現なのだろうか、とアレンは思考を巡らせながらも、クレープ屋へと足を運んだ。
言われた通りクレープ二つを買い、アドルフの元へと戻る。
しかし、彼らが楽しく話をしながら食べ進めていると時刻は既に八時を回ってしまっていた――。