第二話
「もう仕事入ったんですか?」
そう言ってアレンに話しかけてきたのは隣のデスクで資料を片付けていた彼より二、三歳ぐらい若いであろう灰色の髪でココア色の瞳が特徴的な青年だった。
彼のデスクには、はみ出るぐらいに紙の書類が積み重なっており、どうやら今日は書類の量が多いらしい。
しかし、当の話しかけた本人はたいして気にもせずにテンポ良く仕事を片付けていっている。
アレンはそんな忙しそうな彼に目を向けながらも装備を整え、出かける準備をしていく。
「まあな。ったく、アドルフもあんなに怒らなくてもいいと思うんだがな。あいつに牛乳を数百本飲ませてやりたいぐらいだ。そう思わないか?スコット」
スコットと呼ばれた青年は彼の言葉に苦笑いを浮かべながらも自分のデスクの上にある膨大な資料をパソコンに打ち込んでいく。
「まあ、確かにそうですけどね。今回の仕事は何処へ?」
「北のアレシアだ」
そう言葉を聞いた瞬間、スコットの作業していた手を止めると、アレンの方を振り向き、首を傾げ、怪訝そうな表情を浮かべる。
「アレシア?アレシアは、ミーティアの管轄地じゃありませんでした?」
「ああ、僕もそう思ってアドルフに言ったんだが……。アドルフが向こうで詳しく聞いてこいと」
「そうなんですか……」
まったく面倒なことだ、と呟きながらアレンは座っていた椅子から立ち上がり彼がいつも仕事の時には持ち歩いている漆黒のデザインの二丁拳銃をあまり人目につかないよう黒いコートで隠し腰のホルダーに収める。
その様子を見ていたスコットは中断していた片付けの作業を再開しながらもこちらを向き、心配そうな表情を浮かべてアレンを見つめていた。
「気をつけてくださいね?」
「心配しなくても大丈夫さ。へまはしない」
「自分を過大評価し過ぎて油断しないようにしてくださいよ?」
「わかってるよ、じゃ後は頑張れよ」
書類作業に追われているスコットに背を向けたアレンはやたらとオカルトチックが目立つ扉を開け、たくさんの人々が行き交う街中へと歩き出す。
そして、今日の天気の良さに感慨深い思いをしつつもこの都市の唯一の駅「ヴィオラステーション」へと足を進めていった。
まだお昼前だというのに街の大通りには、たくさんの露店が立ち並んでいた。
時折とある露店の前を通り過ぎると香ばしい焼き鳥の匂いや野いちごをふんだんに使った甘酸っぱいパイの匂いが鼻につく。
(そういえば、まだ朝は何も食べてなかったな……。朝食がてら何か食べるか)
そう思い立ち暫く商店街の道を数分歩いた後、彼はとある露店の前で立ち止まった。
店の看板には「サンドイッチ専門店・Merry's House」と書いてあり、サンドウィッチ専門店であることは誰が見ても一目瞭然だ。
「おお、アレン、いらっしゃい」
店主は立ち止まっているアレンの存在に気が付いたのか、にこやかな表情を浮かべるとこちらを見据えた。
実はアレンはこの店の店主とは既に顔なじみで小腹が空いたときにはこの店にいつも立ち寄り、サンドウィッチを買っていた。
そのことからいつの間にかこの店の常連客となっていたのである。
彼も笑顔で店主に返す。
「やあ、メリーさん。今日のおススメ何がある?」
「今日は、新鮮な食材がたくさん入ったからね。色んな食材をふんだんに使ったミックススペシャルがお勧めかな?」
「じゃあ、ミックススペシャルを二つお願いできるかな?」
「あら?今日は結構食べるのね。二つで銅貨2枚だよ」
「連れがいるもんでね。いつも起こしてもらって悪いからさ。これ、代金ね」
アレンはポケットから黒い財布を取り出して、店主に神聖的なデザインが施された二枚の銅貨を手渡し、普通よりふた周り大きいと思われるサンドウィッチ二つを受け取った。
あまりにも大きいため茶色い紙袋からは今にもサンドウィッチがはみ出しそうだ。
「その風貌を見てると今日は郊外へ行くのかい?」
「ん、まあね。北のアレシアにちょっと」
「アレシア!?それまたずいぶん遠くな場所に行くんだねぇ」
「此処からじゃ、この国の最新工学の技術を使っても半日は掛かるね。なんせこの国の土地は広いからさ」
「そりゃ、大変だね。じゃあ、これ、持っていきな」
店主はそう言うとアレンが持っている茶色い紙袋の中にもう二つ小さなサンドウィッチを入れた。
突然の行為にアレンは驚いて、咄嗟に財布から銅貨を出そうとした。しかし、それを店主が手で制する。
「えっ?いいの?お金は……?」
「これはいつもうちに来てるサービスだよ。仕事頑張ってきな!」
「分かった。ありがとな!メリーさん!」
彼女に右手を上げて軽く手を振り、更に量が増えたサンドウィッチが入った茶色い袋を両手で抱えると、こちらに向かっていく人々とすれ違い、露店がひしめいている大通りを抜けていく。
交差点を通り、公園を抜け、やがて駅前広場にたどり着くと純白に金があしらわれた大きな時計台の前でウィルは上を見上げしきりに時間を気にしながら、アレンを待っている姿が目に入った。