第二十八話
病院を出たアレンは、依頼された仕事に向かうため、ミーティア本部の方へと歩き出す。
此処から本部まではそう遠くはなく、歩いて十分足らずで目的の場所へとついた。
玄関前にいる警備員に、ソルドの身分証明書を見せて中に入る。
既に何度も出入りしているからなのか、受付にいる事務処理担当の職員達はアレンの姿を見ても何も言うことはない。
受付を通り過ぎ、幹部たちが集まる会議室へ足を運んで扉をノックしようとした時、突如、背後から声を掛けられた。
「おお、アレン君」
書類を持ち、いつも通りにこやかな表情を浮かべて立っていたのは、依頼主であるフェリクスだった。
彼はドアを開けて、手に持っていた書類を自らのデスクに置くと、アレンを部屋に通す。
そして、彼に席を薦め、座ったのを確認すると、自らも腰を掛け、今回の仕事内容について話を始めた。
「突然、呼んで申し訳ないね」
「いえ、大丈夫です。しかし、いきなりの呼び出しで……一体何かあったんですか?」
「あの事件以降、責任者が幹部の警備が義務付けられていてね。ミーティアの職員達が警備に当たっているのだが、どうしても人員が足らなくてね。
応援としてアレン君に来てもらったというわけだ」
なるほど、とアレンは一回頷くのを確認した後、フェリクスは持っていた資料を彼に一枚渡した。
一番上のタイトルには今回の仕事内容について、と書かれてあり、アレンは項目にザッと目を通す。
実労時間は約九時間ほどで、基本的にはフェリクスの警護というよりかは補佐役として仕事を手伝うということらしい。
「警備と聞いていたから、もっと過酷な仕事かと思っていましたよ」
アレンは安堵した表情で目の前にいるフェリクスにそう話しかける。
警備の仕事は対象者のためにかなりの神経を使う上に、時間も長く拘束される為、通常の仕事以上に大変だということは、彼も以前の仕事の経験上よく知っていたからだ。
フェリクスは、確かにそうだな、と頷くと再び話を紡ぎ始める。
「私はあまり出張することは少ないから、アレン君が思っているよりかは楽な仕事な方かもしれないね。
ただ、今回は補佐と言う事で、書類整理を手伝ってもらわないといけないんだけれども……」
彼はそう言って、机の奥のほうから地図や依頼書などの重要書類を引っ張り出していく。
しかし、書類の量は思っていたよりも多く、彼の机の上全体を埋め尽くしてしまった。
アレンはその様子に少し顔をしかめるが、当のフェリクスはその量に慣れているのか全く動じない。
書類の束を彼の元に置くと、フェリクスはいつも通りの表情で話しかける。
「じゃあ、この第二重要書類を全て整理して、私の名前でサインをしていってくれないか?」
◇◆◇
「あー、疲れた」
時刻は午後九時過ぎ。
この時刻になると夜勤担当の職員しか残っておらず、とても静かだ。
アレンは疲労の色を見せながら背伸びをした後、椅子から立ち上がる。
窓の外からは綺麗な夜景が映っており、アレシアの夜の街並みがよく見えた。
フェリクスは、彼にお疲れ様、と一言言うと、机の上に温かいコーヒーの入ったカップを差し出した。
彼は置かれたコーヒーカップを手に取り、ミルクを入れて啜ると、大きく息を吐いた。
「まさか、書類が此処まであるとは思いませんでしたよ」
彼がそう思うのも無理は無い。
あの後、彼は百枚足らずの書類に目を通し、サインと印鑑を押していったからだ。
疲労で痛むのか、カップを置き、右腕を回す。
フェリクスは自らの書類を机の中に片付けながらも、彼の方を向いて話を始めた。
「あれはいつもより書類が少ない方だったんだけどね。いつもは二倍ぐらいあるから」
二倍!?とアレンは驚きの表情を浮かべ彼の方へ振り向く。
彼のリアクションが少し面白かったのか、フェリクスは片付けていた手を止めて思わず吹き出してしまった。
その様子にアレンは頬を膨らませ、そんなに笑わないでくださいよ……と一言呟くが、フェリクスの笑いは止まらない。
やがて、フェリクスは一呼吸置いて笑いをやめると一言謝った。
「ごめんごめん、ちょっとアレン君の表情が本当に素で面白かったから……」
「全くフェリクスさんもアドルフさんと同じじゃないですか……」
発言が気になったのかフェリクスはどういう事だね?と聞き返すと、アレンはカップを取り上げ、再び口に含みながらもその理由を話し始めた。
「アドルフさんも、僕の事をそうやって笑うんですよ。お前は面白いな、とか言って」
「はは、アドルフらしいな。あいつは人をいじるのが好きだからな」
昔の事を思い出したのか、フェリクスは懐かしそうな表情を浮かべ、窓の外に映し出されている夜の街並みを映し出しているアレシア市内を少し見据えながらも、自らが作ったコーヒーを一気に飲み干した。
既にアレンのカップが空になっているのに気づいたフェリクスは、もう一杯飲むか?と薦めるが、寝れなくなりますので、と彼はやんわりと断る。
その返事にフェリクスは、そうか、と答え、ドアを開けて隣の給湯室に使ったコップを持ち運ぼうとした時、すかさずアレンは手伝おうと彼を静止させた。
「僕がやるからいいですよ。フェリクスさんは部屋にいてください」
「いや、最初に持ち運んだのは私だからね。アレン君は帰りの準備をしておいてくれないか」
声を掛けられたフェリクスはいつも通り穏やかな表情を浮かべると隣にある給湯室へとコップを持ち運んだ。
スポンジに洗剤をつけて水洗いをして水を切ると、備え付けのタオルを手に取って丁寧に拭き、棚の中に戻すと、アレンがいる部屋に戻ってきた。
アレンは言われたとおり、入れてあった専用ロッカーから荷物を取り出し、既にコートを着込んでいる。
フェリクスも彼の隣にあるロッカーを開けて荷物と上着を取り出す。
「じゃあ、帰ろうか」
窓の戸締りを確認しドアを開けて外に出ると、フェリクスは専用の鍵でドアをロックすると二人は廊下を歩き、受付の前を通り過ぎた。
そして、綺麗な夜空と色とりどりのネオンが浮かぶアレシア市内へと歩き始めた。