第二十六話
アドルフとミランは本部への打ち合わせが終わった後、昼食を取る為に、店が多くひしめいているメインストリートへと向かっていた。
ある一軒の店へと足を踏み入れようとした時、アドルフの持っている携帯にて何か連絡が入った。
何事かと思い、二人は足を止めて携帯の画面を見るが、携帯に表示されていた画面には見慣れない番号が表示されていた。
「ん?知らない番号からだな……」
「この市外局番は……フィオナからかね?とりあえず、出たほうがいい」
隣に居たミランは何かに気がついたように、彼の携帯の画面を見るとすぐさま電話に出るよう指示を出した。
アドルフはそれに従い、直ぐに電話を取る。
電話の主は若い男性で、後ろのほうから混乱と焦りに満ちた怒号が飛び交っており、その様子から何らかの事態が起きたことは直ぐに予想できた。
「アドルフ・クライトさんでしょうか?突然お電話をお掛けして申し訳ありません……。当方、フィオナ第一警備隊士官のエーベル・フォルクマールと申します。隊長のデスクにある連絡先から、こちらの番号が書いてあったもので……」
そういえば、ノエルが向こうへ帰るときに、何かあったらまた連絡して欲しい、と言う事で彼女に連絡先を渡していた事をアドルフは思い出した。
構わない。どうかしたのか?とアドルフは彼に対して言葉を続けさせる。
しかし、彼から聞いた事実は衝撃的なものだった。
「それが……隊長が誘拐されてしまって」
「何だって!?」
予想もしない答えにアドルフは思わず、大きな声を出してしまった。
それと同時に、辺りにいた周りの人々は何事かと思いこちらに視線を向ける。
彼は電話口を押さえ、申し訳なさそうに、すみません、と軽く頭を下げると、今いるメインストリートから少し離れた人気のない静かな路地へと移った。
「話を途切れさせてすまない。それで、現在の状況は?」
「今のところ、犯人からの手紙や身代金等の要求は一切なく、ベネット副隊長が隊の混乱を沈静化させるよう努力しておりますが、なかなか収拾がつかない状況になっていまして……」
「なるほど……。隊長が誘拐となると警備隊に激震が走るのも無理はないか……。しかし、なぜ手紙も何も無いのに誘拐されたとわかるのだ?」
よほど言いづらい事なのか、一瞬躊躇したように言葉を途切れさせた後、再び話を再開し始める。
「それは……犯人が隊長の部下に成りすまして、隊長本人をおびき寄せ、何処かに連れ去ったからです。私たちはその人にやられてしまい、ただその姿を黙ってみるしかなかったんです」
ソルドなどの三組織の一般的なメンバーと同格の力を持っている警備隊。
その警備隊を持ってしても相手を捕まえれなかった人物とは誰なのか、二人は直ぐに予想がついたが、自分の憶測が間違っていないかあえて彼に聞き出してみた。
「そいつは、灰色の髪に趣味の悪いピアスをしていなかったか?後は……ナイフを操り攻撃してこなかったか?」
「な……!そうです!今、アドルフさんが言った特徴の人物が隊長を連れ去ったんです!なぜ、知っているのですか?」
「実はつい先日、アレシアでそいつが事件を起こしてな……。名はセレス・クレメンテ。さっき言った特徴の男だ。まさか、隊長から聞いてないのか?」
彼の問いに少し戸惑った様子で、エーベルは申し訳ありません……と謝った。
アドルフは、まあ、過ぎたことは仕方ない、今からの事を考えよう、と彼に労いの言葉を掛けるが、明らかに先ほどの件で動揺しているようだった。
彼はセレスに関する身体的特徴とある程度の情報を告げて、市内全域に外出禁止命令と一斉手配をするように指示をし電話を切った。
電話の内容を隣に居たミランに伝えると、彼は厳しい表情を浮かべてもう一度メインストリートの方へと歩き出す。
「厄介なことになったな。とりあえず、今こっちで体が空いてるのはアレンだけだし、今からにでもフィオナに向かわせて……」
アドルフの提案を最後まで聞かずにミランはすぐさま待ったを掛けた。
「駄目だ。アレン君は連れて行ってはならない。それに、ソルド本部からフィオナに向かわせた方が近いはずだ。いつも情報統制が上手いお前がこんな事に気が付かないなんて、よほど動揺してるんじゃないのか?」
何かに気がついたように、アドルフは顔をミランの方に向け、目線を下に背けた。
一回深呼吸をして精神を正すと、自分が今、行った言葉に後悔の念が募ったようで、ココア色の髪が目立つ頭を軽くかき回した。
「ああ、くそっ……。まさかアレンの知り合いがこんな事になるなんて予想付かなかったから動揺しているんだな、俺……。父さん、ごめん」
「今度から気をつけてくれればいいさ。しかし、お前が仕事で動揺するなんて珍しいな……。まあ、とにかくアレン君は此処から出してはいけない。恐らく、これは敵の罠だ。彼女を餌にしてアレン君を誘き寄せる為にな」
「しかし、どうする?もしかしたら、さっきの人物がアレンに連絡を入れていたら……」
「それはこちらから再び連絡を入れておこう。もっとも彼がアレン君に連絡した後では無いことを祈るがね。そして、彼の直属の上司としての君に一つ頼みごとがある。アレシアから彼を出さないために、この地で時間がかかる任務を彼に任命して欲しい。そう……例えば、君の友達であるフェリクスの二十四時間勤務の護衛でもいい。とにかく何らかの癖をつけて彼をこの地に居座れるように手配するんだ」
「分かった。フェリクスにも頼んでみる」
彼はそう言うと、再び携帯を取り出し電話をかけ始めた。
無論、電話の相手はフェリクスである。
アドルフは簡単に事情を話すと、彼は二つ返事で仕事を引き受けてくれた。
直ぐに電話を切ると今度は先ほど掛かってきたフィオナの番号にリダイヤルする。
出たのは先ほどの声と同じ主であることからどうやらエーベルに違いなかった。
「再びすまない。エーベル、アレン・ハロルドという人物に電話を掛けたか?」
「え?アレン・ハロルドさんですか?いえ……隊長のデスク周りにそのような連絡先は見受けられませんでしたが……どうかされたのですか?」
「いや、掛けてないのならいい。それとその人物には電話を掛けないでほしい。これはこちらの組織の最高責任者からの命令だ。よろしく頼む」
最高責任者からの命令、という言葉を聞いたからなのか、彼は言葉を飲み込み、威勢のいい返事を返して電話が終了した。
まだ連絡していないという安堵感と、いつバレるかわからない不安感が少し襲うがそれを気にしていたら組織の仕事は務まらない。
「それじゃあ、再び本部に出向こう。ミーティアにも事情を説明しておいたほうがいい。それと緘口令も敷いておかないとな」
◇◆◇
アレシアのメインストリートにある大きなカフェ。
優雅にお茶を楽しんでいる紳士や、お昼時のランチを楽しみながら談笑している主婦の姿が目立つこのカフェで一つの視線が彼らを見つめていた。
一般的な女性としては身長は高く、百七十センチを超えている長身のプロモーションスタイルは抜群で、緩やかにパーマを掛けられた栗色の髪が彼女の綺麗な黒い瞳を輝かせ、元々の童顔を一層のこと引き立てる。
しかし、彼女の容姿とは不釣り合いに身につけられた小さな電子ブレスレットは、何処か違和感を感じさせていたが、他の客は何も気がついた様子もなく此処での一時を楽しんでいる。
彼女は手元にあったコーヒーの残りを全て飲み干し、レジにて会計を済ませると、人気のないトイレへと足を運ばせる。
トイレの個室に入った瞬間。
彼女が目を瞑ると、緩やかなパーマが掛かった栗色の髪の毛は瞬時に、ストレートの金髪へと変わり、童顔を引き立たせていた黒い瞳は碧眼の瞳へと変化する。
そう、先ほどの女性はアマリエ・エルネストその者だったのである。
アマリエは手鏡を取り出し、変わった事を確認すると、彼女は一息ついて、便座の蓋の上に座った。
「本当、このブレスレット便利よねぇ。どういう仕組みでそうなるのか分からないけど……。エルザ曰く、まだ試作品段階だとか言ってたけど、これだけでも十分効果を発揮できるじゃない。まあ、唯一の欠点は体のパーツを変えれないって事かしらね……。しかし、目と髪の色を変えただけで此処まで印象が変わるもんなのねー。警備のザルさにも驚いたわ」
何処か楽しむ素振りを見せながら、彼女は手鏡を使い、軽く髪の毛を整えると再び言葉を紡ぎ始める。
「あのおっさん、只者じゃないわね。狙いがアレンなのが気づいてたみたいだし。全くセレスももうちょっと気を利かせたらよかったのに。あの灰色の髪に趣味の悪いピアスじゃ正体バレてもしょうがないわ。猛突突進型の奴はそこまで気が回らないのかしらね」
一息ついて立ち上がり、再び目を瞑ると、彼女の金髪はストレートの黒髪へと染まり、綺麗な碧眼の瞳は髪と同じ黒色に変化した。
カバンから、黒いヘアゴムを取り出して、髪を一つに束ねる。
扉を開けて、手洗い場の前に立って鏡を見据えると、童顔が引き立てられていた少しきついメイクを落とし、今の状態に似合った薄いメイクをして身なりを軽く整えた。
綺麗に整えられた黒髪は彼女の動作と同じ方向へ揺れ、先ほどとは全く別人の姿になった。
「一度、綺麗な黒髪にしてみたかったのよねー……。さて、このままじゃ任務遂行に支障が出ちゃうし……。彼を誘き寄せるためにもう一ステップ踏まないとね」




