第二十五話
セレスは彼女を抱えたまま、再び目を開くと、先ほどの景色とは一変し、薄暗い研究室の前へと立ち尽くしていた。
目の前にある扉は分厚く、厳重にロックされているが、彼は手馴れた様子で独自の電子キーを差し込み、暗証番号を入力していく。
そして、彼自身が発明した精神登録技術を利用し、扉を開けると、そこには多くの機材が立ち並んでおり、白衣を身に纏い、何処か神経質な感じを思い浮かばせる一人の男性がモニター上で作業をしていた。男の黒い髪の毛の中には白髪が入り混じっており、セレスよりも少し年上に見える。
彼は彼女を抱えたまま、その男性の元へと近づいて声を掛けた。
「よう。連れて来たぜ。餌となるものを」
声を掛けられた男はモニターでの作業を止め、セレスの方を振り向いた。
そして、気を失っている彼女の体を彼から受け取ると、近くにあったベットにへと寝かせて逃走できないように特殊な手錠を手足につけていく。
男はその作業の手を止めずに帰って来たセレスにへと話を始めた。
「ずいぶんと早かったですね。セレス。もっと時間が掛かると思っていましたよ」
「ふん……バカにするな、エルザ。このぐらい俺にだって出来るさ。それより、あいつの方はどうなったのか?」
軽口を叩かれたのが気に入らなかったのかセレスはどこか機嫌の悪い様子で、神経質な感じを思わせる男――エルザ・グレーゴルにそう言い放った。
当のエルザ自身は相手にしていないのか全く気にせずに聞き流し、奥の方にある扉を指差して彼に話を続ける。
「ああ、アマリエの事ですか?彼女なら隣の部屋で作業をしていますよ。あの方に何かの調査を頼まれたみたいで」
「ふん……そうか……。それより、こんな赤髪のガキをとっ捕まえてどうするんだ?あのソルド二人を引き寄せるだけだったら、こんなたいそれた事をしなくても、あの二人に直接襲撃すればいいんじゃないか?」
「それは……時が来てからのお楽しみですよ」
気に食わない、というよりかは不可解だ、という気持ちの方が強いのだろうか。
セレスは少し顔をしかめてエルザに質問するが、彼から返ってきた言葉からは曖昧な事しか発せられない。
これ以上聞いても無駄だと思ったのか、彼はエルザに背を向けると、奥で作業をしているというもう一人の仲間の方の部屋へと足を運んでいった。
軽くノックをして扉を開けると、金髪碧眼の女性――アマリエ・エルネストがパソコンでの入力と検索作業に追われていた。
「ああ、セレス。あの女は連れてきたの?」
「指示されたとおり連れて来た。それよりそっちの状況はどうだ?」
「まあ、そんなに慌ててたら得れるものも得れなくなるわよ?ほら、二兎追うものは一兎をも得ずって言うじゃない?」
いつもアマリエはこのような軽い口調で話すためどうにもセレスは気に食わないが、ある目的を達する為には彼女の行動にもある程度目を瞑らなくてはならない。
彼女の軽口を聞き流すと、パソコン上に映し出されている画面へと目に移った。
どうやら画面に映っているのは、工業国として名高いこのアルマヴィオラの全国版であり、所々に赤い丸のポイントが映し出されていた。
「これは一体なんだ?」
「この国の主要とされている遺跡のポイントよ。これが無いと術式を組み合わせれないのよ」
「術式?なんだそりゃ?」
「あら、サークナイト伝記の事知らない?この国では有名な歴史で中等・高等教育の教科書にでも載ってるぐらいなんだけど?」
「俺は歴史は嫌いだったから知らない」
彼は悪びれる様子もなくあっけらかんと彼女にそう言い放つ。
その様子を見た、彼女は、しょうがないわね……と一息つくと、サークナイト伝記の事についてぽつぽつと話し始めた。
はるか昔、魔物が信じられていた旧制時代。
彼らの生活は工業が発達した現代とは全く異なり、脈術と呼ばれる学問が信仰されていた。
よくファンタジー物語で出てくる魔術の系統の話と非常に似たような物で、地の脈略を理解し、術式を組み込むと、わずかな火を発したりする事が出来たらしい。
だが、それ以上の事は出来なかったらしく、ランプや電気コンロが発明されていったと同時に技術も寂れていってしまい、現在ではこの国のおとぎ話として伝えられているだけである。
「しかし、この脈術という学問には秘密があってね……。ちょっと左の画面を見て頂戴」
アマリエはキーボードを操作し、画面の左側に何かのデータを表示させた。
どうやら古い伝記物らしく、彼女はマウスを操作し、拡大させてより見やすくさせて、再び話を続ける。
「これは脈術に関する書類よ。今は国家重要機密として保管されている貴重な書類なんだけれども……。この中にはとても面白いことが書いてあってね。ある特別な脈術の術式を書くと、現在ある遺跡の中から特殊なエネルギーが発せられ、力を解放されるのと同時に思い通りの世界の創造が出来るといわれているみたいなの」
思い通りの世界の創造。
つまりそれは一回世界が破滅を迎えることを示している。
「じゃあ、あれか?一回世界を破滅させて、自分達の思い通りの世界が再構築できるって訳か?お前……正気か?こんなおとぎ話に騙されてお前ら二人はせっせと作業を進めているのか?俺には到底理解できないね」
「さすが、元ミーティア研究員って所かしらね。ちゃんとしたデータがないと信用できない。そんなに事実を欲しがっていたら、女に嫌われるわよ?それに……ミーティアから追放された貴方を拾ってあげたのは何処の組織かしらね?」
彼女の冷たい目が彼の瞳を捉える。
セレスはそれ以上言い返せなかったらしく、面白くなさそうに舌打ちして地面に唾を吐き捨てると、乱暴にドアを開けて彼女の部屋を後にした。
そして、作業をしているエルザを軽く見やると、再び研究室の大扉を開けて、外へと出て行った。
「本当、アマリエは人を煽るのが上手ですね」
褒めているのか貶しているのか良く分からない口調で、作業を続けているエルザは彼女のほうへと振り向かずにそう言い放った。
アマリエは何処か面倒くさそうに、作業している彼をちらりと見ると、近くにあった椅子に腰掛けて足を組み、作業している彼のモニターを見据えて言葉を紡ぎ始めた。
「……あいつは自分勝手すぎるわ。それが彼の最大の強みであり、弱点でもあるけれどね。まあ、彼は次の案件では最大に活躍してもらわないと困るし……それ以降は用済みね」
「貴女は恐ろしい人だ」
彼女の言葉を聴いて、エルザは苦笑いを含めるしかない。
そんな彼の様子に彼女は大して気に留めていないのか、そう、と一言言ったきり黙ってしまった。
そして、何かの考え込んだ後、椅子から立ち上がり、隅においてあった彼女の大剣を手に取り準備をし始める。
「私は今から、彼らをおびき寄せる為に向こうへと行って来るわ。フィオナの警備隊長が居なくなったとなればさぞかし街中は大騒ぎでしょうね。エルザは引き続き、術式の構成と解明に全力を尽くして頂戴」
彼女は愛剣を背負い、彼に対して不気味に笑みを浮かべて研究所の扉を開けた。
既に日が暮れ、辺りは暗闇に包まれていたが、彼女はライトも点けずに、深い闇の中へと足を進めて消えていった。