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第二十三話

いつもより日照りが強いせいかとても暑く感じる。

今日から禁止令は解除され、大通りに面した店屋や露店も営業を再開したようだ。

襲撃の影響からか人はまだ少なめだが確実に以前のような日常生活の風景に戻りつつある。

彼らは寮を出た後、大通りに面して賑わっている商店街のほうへと足を運んでいた。


「彼には教えていないのかね?」


ミランは歩みを止めることなく、役職に似合わない軽い口調で彼に聞いた。

彼はそんな父親の姿に一瞬表情が崩れるが、直ぐにいつもの強張らせている表情に戻す。


「教えていないのかって……。父さんがそんな事を言うとは思わなかったな。

元々、父さんの存在を知っているのは組織の中でもごく一部の上層部のみだし……」


彼の返答を予想していたのか、ミランはまあ、普通はそうだろうな、と軽く頷いた。

そして一呼吸を置いて、言葉を続ける。


「でも、アレン君が私の正体を知ったら驚くだろうな。まさか自分の組織のトップの人だとは夢にも思わないだろう」


「ああ、アレンは父さんの事を未だに人事部の人だと思い込んでるからな。まあ、今はその方がいいんじゃないのか?あいつに余計な情報を入れないほうが物事が捗る」


「おいおい、アドルフにしちゃ冷たいことを言うんだな。もっと部下に情報を与えるのが好きなのかと思っていたよ」


彼の言葉に意外だったのかミランは少し驚いた。

確かに部下にいつも厳しくしている彼のこの発言は日常生活での行いと少し矛盾しているように見えたからだろう。

しかし、当のアドルフはその姿を見て彼らしくない不思議そうな表情を浮かべる。


「意外?そうか?必要最低限の情報を与えて指示させるのが一番効率がいいことは明白だ。

変に要らない知識を増やして、作戦の妨げになったらそれこそ本末転倒だろう?」


「ほう……アドルフはそういう考えなのかね。私だったら上司として出来る限り最新の情報を与えて、部下に取捨選択させる方法が一番いいと思うがね。

確かに情報が多すぎると混乱してしまい、嘘の事も本当に見えてしまうだろう。

だがしかし、その方が考える力や見抜く力が伸びるし、上司に頼りっぱなしになってしまう駄目な部下になるリスクも少なくなる。

時には上司の判断が仰げず、独断で実行しなければならない時もあるだろうからね。

勿論、それは稀な話で、部下では担えない問題を解決に導くように上司は努力しなければならないと思うけれどね」


彼の言葉にアドルフは少し面を食らったようだ。

いつものアドルフとは少し違った――まるで、プライベートの時に父親と話すような柔らかい表情を浮かべているようだ。

そして、彼は静かに笑い始めた。


「なるほどね……。俺はまだ父さんには勝てないわけだ。また今度の機会に徹底的に戦略について話をしたいものだ」


◆◇◆


フィオナの第一警備隊長を務めているノエル・イザベラは机の上に置いてある大量の書類の整理をこなしていた。

彼女はフィオナに帰った後、眠りにつく時間が短かったのか少し眠そうに見える。

だが、彼女の中のプライドが居眠りという行為を許さない。

机の上には缶コーヒーが数本置かれており、眠気覚ましのためにたくさん飲んだようだが、その効果はあまり現れていないようだ。

整理しているその書類の中には、アレン達が関わった『列車襲撃事件』や、先日起こった『アレシア襲撃事件』の事についても書いてあった。

彼女は書類整理に疲れたのか軽く背伸びをして、立ち上がり腕を軽く回した。


「あー、ったく、列車襲撃事件の犯人らが捕まったのはいいけど、まだ事情を話していない奴がいるから嫌になっちゃう。

早く聴取が終わらないと、裁判にも掛けれないんだよね。そっから先は警備隊じゃなくて司法の仕事だけど、それまでの過程を終わらせないと終日残業続きで困るわね……」


そんな独り言を呟きつつも、仕事を再開させようと再び椅子に腰を掛ける。

作業を始めようとしたその時、彼女の部屋のドアのノック音が響き渡った。


『隊長、少し宜しいでしょうか?』


ドア越しに聞こえた声はいつも聞きなれた声だった。

彼女はどうぞ、と返事をすると、彼女より少し若いであろう、金髪の青年が目の前に現れた。


「ベリエス、どうしたの?」


ベリエスと呼ばれた青年は背筋を伸ばし敬礼をする。

だが、ノエルは、こんな場所で敬礼なんかしなくてもいい、と彼を諭した。

予想外の言葉だったのかベリエスは少し困惑した表情を浮かべながらも、敬礼した手を下ろした。


「別に此処は承認式みたいな正式な場じゃないんだから、むやみやたらに敬礼しなくてもいいのよ。

寧ろ、そんなことばかり気がいって街の人に危害が及ぶほうが私にとってはおぞましい位だからね……それより何かあったの?」


「は、はい、実はその……隊長が昨日、空けていた時ですね。不思議な人が尋ねてこられたのですが。

その方はどうにも占い師らしくて」


「占い師?ごめん、私、オカルト的な興味はないんだけど……。まあ、いいわ。それでその占い師の方がどうしたの?」


「その方によりますと、現在、こちらの身に危険が及んでいるとか……。しかも彼女は、占いをし始めてから数十年らしいのですが

こんなに狂気を持った脈流は初めてなんだと……。こちらとしては意味不明な発言ばかりで隊員皆は困惑するばかりだったのですが、本人曰く、余りにも危険すぎるので、わざわざこちらに忠告にいらしたと……」


「へえ……こっちに身に危険が?」


「なんだかとても焦った様子で……。その時、直接話したかったようなのですが、隊長は居なかったもので、『分かりました、伝えておきます』と言って返したんですけど……。先輩隊員の皆さんはどうせオカルト商法か何かの勧誘でこちらの不安を煽るようなことを言っているだけだ、気にするな、って言ってたんですけど、どうにも自分にはあの占い師の方の表情が本当としか思えなくて……」


ベリエスはどうしたらいいのか分からないのか不安そうに彼女の顔を見つめた。

彼女はそんな彼を安心させる為に、「大丈夫よ」と手に肩を置く。


「皆の言うとおり勧誘か何かだったんじゃないの?というか、皆ものん気すぎるんじゃないの?警備隊の本職分かってるのかしら?

全く……ただでさえ書類整理に忙しいのに、部下の教育までに手間が回らないわよ……。

ベリエス、悪いんだけど、皆に言っておいて欲しいの。不審者を見かけたらちゃんと仕事しろ!ってね。」


「わ、分かりました……」


彼はおどおどした表情を浮かべ、部屋を後にする。

おそらく最後の一言を言う時、彼女の表情が少し不機嫌だったからだろう。

ノエルはため息をつくと再びデスクに向かい書類整理を始める。


「こっちに身に危険が及んでる……か」


元々、非科学的なオカルト話には興味はなく、今の話も丸々と信じるつもりもない。

だが、何となく警備隊の隊長として胸騒ぎがするのは何故だろうか。


「あー、もうこんな事考えてたら残業伸びちゃうし!」


彼女はそんな独り言を呟きながらもデスク作業へと取り組んでいった。


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