第十九話
「今はこんなくだらない喧嘩をしてる場合じゃないんでな。勝手に仲裁をさせてもらった。本題に入るが、今日、ミーティア本部で幹部による重要会議が行われた。
アレシア郊外にある倉庫地区ではいかんせん夜では人通りがほとんど皆無であり、残念ながらお前達以外目撃者も全く居なかった。だが、アレンが持ち帰った加害者側の一本の投げナイフから一つの情報を得ることが出来た」
アドルフは持ってきた資料を捲り三人にそれを見せた。
資料はカラー写真となっており、セミショートで髪の色は灰色・右耳には趣味があまり良いとはいえない大きな十字架のピアスが特徴的である男が映っていた。
その写真を見て男の顔に見覚えがあるのかアレンは何か気がついたように声を少し上げた。
「この男……あの時の」
「ああ。お前が言っていた男の特徴と照らし合わせ、なおかつナイフの出所もあわせるとこの男しか残らない。名前はセレス・クレメンテ。元ミーティアに勤めていた奴だ」
「何だって?」
アレン達は意外な事実に驚きを隠せない。
彼らの反応は予想していたのかアドルフは余計な事は何も言わず話を進めていく。
「昔、技術部に勤めていた奴なんだそうだ。このナイフも精神登録技術を応用して作られた投げナイフであり、体に付けた専用のアクセサリーで自分の意思でナイフを自由自在に動かすことが可能らしい。まあ、簡単に言えばラジコンみたいに離れていても動かすことが出来るようなものだと聞いた」
「そうか、だからあんなことが出来たのか……」
あの時の出来事はなぜ起こったのかやっと理解できたアレンはなるほどと軽く頷く。
「しかも、この技術を作ったのはセレス本人なんだそうだ。開発者なら応用も容易いだろう。すぐさまミーティア本部は指名手配を掛けている。
こんな技術を持った危ない奴をむざむざと野放しには出来ないだろう。
とりあえず、今日はアレシア全地域に外出禁止令が敷かれ、一般人は安全が確認されるまでは外に出ることは出来ないそうだ。それと、ウィルがなぶり殺しにされそうになった金髪の女については情報が全く出てこない。こちらで全力で探してはいるがもうしばらく掛かりそうだ。すまない」
アドルフに謝られて一瞬どうしていいのか分からなくなったウィルだが直ぐに顔を上げて彼の表情を見据えた。
だが、彼の瞳には悔しいという感情が見て取れその場にいた人々はそれ以上何も言わなかった。いや、言えなかったのが正しいだろう。
空気を換えるようにアレンは話題を切り替えてアドルフに話しかけた。
「しかし……なぜ、ミーティアに勤めていた人物がこんな事を?」
「さあな……。反逆者となった理由は本人にしか分からない。たかが技術者がこの国を乗っ取れると思わんしな。調査待ちだ。とりあえず、ウィルは容態が良くなるまでこちらの病院で治療を続行、アレンはこの後すぐさま本部へ来てもらう。そこの女の子は直ぐに家に帰れ。一般人には身の安全を確保してもらう」
一般人と間違えられたのに驚きを隠せなかったんだろう。
ノエルはアドルフに視線を向けて否定した。
「私、一般人じゃないですよ!フィオナの警備隊長のノエル・イザベラよ!私にだって市民を守る義務があるわ!アレンと一緒に仕事させて!」
「何?一般人じゃなかったのか。すまない。しかし……。君は警備隊長なのだろう?此処も大変だが自分の街も守る使命の方がよっぽど大切なんじゃないかい?」
「それはそうだけど……」
ノエルはそう言って黙ってしまう。
そんな彼女を見越してアドルフはゆっくりとした口調で話しかけた。
「君を待っている部下も居るはずだ。こっちは私達に任せて、フィオナの街の警備に当たって欲しい。彼ら襲撃犯はアレシアを出て他の街へ行っているという可能性もあるんだ。
当然、フィオナが危なくないという保証は無い。だからこそ今の状態を知っている君にフィオナの警備をして欲しいんだ。手口は分かっている。だから人員を増やして対処することも出来るかもしれない。今回は私達ソルドの奴らだったが次は市民に襲ってくるかもしれない。だからやって欲しいんだ」
「……分かりました。確かにそういわれると私は自分の職務を少しおろそかに考えていたのかもしれません。市民を守るためにフィオナに戻ります」
「それでこそ、立派な警備隊長だ。よろしく頼むぞ。帰るのは直ぐの方が良いな。病院の玄関にミーティアの人たちが待っている。事情を話して直ぐに駅へ向かって帰りなさい」
「了解しました!」
そういってアドルフに敬礼をしアレン達に軽く挨拶を済ませた後、ノエルは部屋を出て行く。アレンは上司の説得力に内心驚きを隠せずこのような説得の仕方も出来るんだなと彼の中での上司の評価が上がったのは言うまでも無い。
「あいつを説得するの上手いですね。昔からいうと聞かない子だったのに」
彼のあまりにもざっくばらんとした感想にアドルフは少し笑う。
だが、直ぐに表情を戻して穏やかな口調で言い始めた。
「彼女は出来る子だと思う。そしてプライドも高くて周りの人を放って置けないんだろう。
自分の父親もそんな感じの人だったからなんとなく分かるんだよ」
「へぇ……アドルフさんの父親ってそんな人だったのか……」
「あの人は気になる人がいたらそうやって説得させてたからね。
もし父親が此処にいたらそういうこと言ってたのかなって思ったからそう言っただけさ」
「なんか、アドルフさんってファザコンだったのか……。ちょっと意外だなぁ」
薄ら笑いを含めて表情をにやけさせているアレンを見て、アドルフは少し焦った表情を浮かべていた。そして照れ隠しなのかアレンの頬を少しつねって黙らせる。
「痛いですってば!」
「五月蝿い!お前が余計なことをいうからだ!俺は決してファザコンなんかじゃないぞ!ただ単に尊敬してるだけだ!ってもうこんな時間じゃないか!そろそろ行くぞ、アレン」
これ以上、アドルフは自分の事を話すのが恥ずかしくなったのだろう。
彼はそういってアレンの手を引っ張った。
その姿はどう見ても照れ隠しにしか見えず、ウィルは笑いながら、じゃあ、お二人とも頑張ってくださいね、と一言声を掛け、二人はミーティア本部に向かうためドアを開けて出て行った。