第十五話
「?」
ベットの中に入り、夢の世界へと落ちようとしていた幼い少年の耳に聞こえてきたのは微かな物音。
枕元に置いてある時計の時刻を見ると既に午前零時を回っていた。
「お父さん?」
この家には母親や他の兄弟は居ない。
母親は既に帰らぬ人となっており、彼以外に兄弟も存在しないからだ。
彼は部屋を出て、一階に降り物音がするリビングの方へ向かって歩いていきそっと足を進めて階段を降りていく。
だが、不思議なことに辺りの部屋の電気すら一つも付いていない。
(やっぱり、気のせいだったのかな……)
お気に入りであるくまのぬいぐるみを胸に抱きかかえたまま彼はそう考え
もう一度、上へ上がろうとしたその時、更に大きな物音がリビングの方から聞こえてきた。
誰だろう、と思いつつドアをそっと開け周りを見渡す。
明かりは付いておらず漆黒の闇が部屋一面を支配している中、手探りで部屋の電気のスイッチを探し出し電気を付けた。
だが、その瞬間思いもよらぬ光景が少年の目に映った。
一人の男性が血の海の中に横たわっているのである。
少年は驚きと恐怖に襲われながらも、倒れている男性に向かって走り出し近づく。
「お父さん!ねぇ、お父さんってば!」
いくら少年が呼びかけても彼の父親と思われる人物は全く反応を示さない。
少年の目からは涙が溢れ、彼の衣服に雫が落ちていく。
「あら……。こいつ、子供まで居たのね……」
部屋の中に響き渡る、女のハスキーボイスの声。
少年はおそるおそる振り返る。
そこには全身真っ黒の服に包まれ、サングラスをかけた長身の女が立っていた。
唇には赤い口紅を塗っており、何処か妖艶な感じを醸し出している。
スタイルもかなり良く、恐らくサングラスを外したらかなりの美人の分類に入る人ではないだろうか。
ただ、彼女の手には拳銃が握られており普通の人間ではないことは少年でも理解は出来た。
「あっ……あっ……」
恐怖のあまり、少年は叫び声も上げれずただ呻き声を漏らすだけだ。
そんな少年を見て女はフッと笑みを零し銃口を向けた。
「大丈夫よ。直ぐに貴方のパパの下へと逝かせてあげるから」
女は少年へ近づいていくが、少年は恐怖心に襲われながらも一歩ずつ後ろへと下がっていく。
そして少年が後ろの壁にぶち当たったとき、女は何処か楽しそうな表情で彼のこめかみに銃口を当てた。
「さあ、もう逃げれないわよ。ほら、最後ぐらい笑ってよ。今から貴方のお父さんにあっちで会えるんだから」
女は躊躇せず……、むしろ何処か嬉しそうに少年に向かって拳銃の引き金を引こうとした――。
◇◆◇
「っ……」
何か嫌な事を思い出したかのように、ウィルの顔は不快な表情へと変わっていく。
周りは白い壁に覆われ、所々消毒薬の匂いが鼻につくことから、
どうやらアレシアでもかなり大きい病院に搬送されたらしい。
時刻は既に夜中を回っているようだが、依然として近くの部屋では物音が聞こえてくる。
謎の人物達による襲撃事件があったからだろう。
救急的な処置が必要な患者が運ばれているのかも知れない。
彼は体を起こそうとするが麻酔によってか上手く体を動かすことが出来ない。
周りには多数の機械が設置してあることから余程、酷い傷を負っていたのかもしれない。
仕方なくウィルは起き上がるのを諦め、ふと横を見てみると……。
「アレン……」
椅子に寄りかかって寝ているアレンの姿が目に映った。
恐らく自分が寝ている間はずっと見ていたのだろうが、今は疲れて熟睡してしまっている。
また、彼の体にも所々包帯が巻かれていることから、ウィルには及ばずともかなりの負傷をしていたのだろう。
そんな状況にも関わらず、アレンは痛みをこらえ看病していたのだろうか、と思うと自然と申し訳なさを感じてしまう。
さて、どうしようか迷っていると、ん……と眠そうに軽く欠伸をして、アレンが目を覚ました。
「ウィル起きたのか……。具合はどうだ?」
「麻酔が効いてるのか分かりませんが痛みはだいぶ少なくなってます。アレンこそ無理しないでちゃんと寝ててください」
「僕はかすり傷が増えた程度で済んだからね。大丈夫だ。もう夜中か……。依然としてまだ終わってないんだな」
部屋の外から聞こえる物音や看護婦の声に耳を傾けながらアレンはそう呟いた。
そして、自己嫌悪気味に表情を曇らせる。
「僕達の仕事は、いくら対立派であっても、表向きの仕事はこの国で暮らしてる人々を守る事だ。いくら非常事態だったとはいえ……、人々を守れず、敵を捕まえずにのうのうと帰ってきた自分に凄く腹が立つよ」
ウィルはどう言っていいのか分からなかった。
確かに彼の言うとおり自分達は敵を追うことはしなかった。
いや、追う事が出来なかった。
自分達には実力があると信じていたのに、だ。
それを簡単に打ち砕かれてしまった。
これほどまでに無力さを痛感したのは初めてかもしれない。
少し考えて、でも……とウィルはアレンの燃え上がるような真紅の瞳を見つめて言葉を紡ぎ始める。
「私達はやれるべきの事はしたと思います。あれが自分達ではなかったら恐らく……被害はもっと拡大していたでしょうね」
「あれが満足に仕事を守ることができたと?お前はそう思うのか?」
ウィルの意外な言葉にアレンは苛立ちを隠せなかった。
そんな彼の様子にも動じることなく、真っ直ぐと彼を見据えウィルは言葉を続ける。
「勿論、満足に仕事を遂行したとは思ってません。でも、今、あれだけの事が自分達では精一杯なんですよ。悔しいですけどね」
アレンはウィルの瞳に悲しげな表情が宿っていることに気が付いた。
考え方は違えど、ウィルもアレンと同じ気持ちなのだ。