第十二話
「やっとお仲間さんの登場か。あーあ、ずっと待たされて退屈してたんだぜ?」
背筋が凍るぐらいに不気味な笑みを浮かべながら男は一歩ずつアレンに近づいてきた。
彼はその様子に怯むことなく男を睨みつけながら、愛用の二丁拳銃を取り出し、銃口を突きつける。
「お前がやったのか?ともかく、このままお前を逃がすわけにはいかないんでね」
「逃がす訳には行かない?その言葉そのままそっくり返してやるぜ?」
男の口元が歪んだ瞬間。
彼は素早い動作で、着込んでいた黒コートの中から数本の投げナイフを手に取りアレンの方に投げつけた。アレンは横に飛び、ナイフを避けて男の方に弾丸を撃ち込んだ。
その途中に後ろの方にあった箱がナイフによって壊され、当のアレンは気にせず横に飛んでいくが、男はまるで銃を向けられているとは思えないほどの動きで軽々と銃弾の雨を避けていく。
やがて撃ち続けていたアレンの弾は切れ、常時装備してある代えの弾丸を手馴れた手つきで直ぐに変える。
銃を向けたままアレンは冷たい目で見据えるが、その様子に男は怯む様子も無い。
「中々いい腕前をしているな。だが……。俺に当たったことが運の尽きだったな」
「何だと……?――っ!」
恐らくほんの一瞬の出来事だっただろう。
男がそう言った瞬間、アレンの両腕に激痛が走り、思わず銃を落としそうになるが何とか力を入れて持ち直した。
自分の腕を見てみると両腕からは血が流れ、大きな切り傷が数本ついている。
そのナイフは男の方へと向かい、彼の手には血のついたナイフが数本握られていた。
「なっ……!まさか!?ナイフが戻ってきた!?」
ありえない、とアレンは腕から流れている血を押えながらそう呟いた。
一度投げたナイフが投げた本人の意思で戻すことは物理的に不可能だ。
驚いているアレンをよそに男は次々とナイフを投げていく。
アレンは投げられてくるナイフをかわすが避けたうちの一本が右腕に突き刺さった。
突き刺さる激しい痛みに何とか堪えて構えるが、上手く右腕が上がらず弾丸を放つことが出来ない。
余り深い傷を負っていない左腕で銃を撃ち続けるが、さっきよりもはるかに命中度は落ちている。
「どうした?さっきより動きが鈍くなってるぜ?ま、そのぐらいの傷を負って放置してたら最悪死ぬかもなぁ」
手元のナイフを空中で弄び、何処か楽しそうな表情を浮かべた男の言葉にアレンの表情には焦りが見え始める。このまま戦ってはまともに勝てないだろう。
肩で息をしているアレンに、先ほど破壊された木箱が目に入った。中身は既に零れており、黒い粉が地面に散らばっていた。
(確かあの箱は……。これなら……いける!)
アレンは自分の銃と服を見比べ、敵に背を向け走り始めた。
予想外の行動だったのか男は少し驚きの表情を見せながらも、直ぐに歪んだ表情を戻しナイフを投げつける。
「やられすぎて気が狂っちまったのか?逃げようたって無駄だぜ?」
男の容赦ないナイフの雨が降り注ぐがアレンは敵に背を向け、ひたすら来た道を走り続ける。
アレンはある程度距離が離れた所で持っていた二丁拳銃をすぐさま取り出し、箱の方へと打ち込んだ。
彼が打った弾は男をすり抜け箱に当たり、直ぐに火花を散らしてとてつもない爆音が周りに響き渡った。
その衝撃でアレンは身を崩すが何とか体勢を整える。
やがて爆風が収まり視界が良くなって、アレンが周りを見渡すと一人の男が地面にうずくまっていた。
さっきまで余裕の表情を浮かべていた男は苦しそうに胸を押さえて荒い息遣いをしている。
「どうだ?さっきまでなぶり殺していた相手に殺されそうになった気分は」
アレンは右腕の痛みに耐えながら、数歩歩いて男に近づいて見下ろし拳銃を突きつける。その目には何も感情が宿っていない。
「この俺が、お前に負けてるとでも言いたいのか?」
「そうだ。お前は油断しすぎなんだ。あの中には火薬が入っててね。僕を殺そうとするのに夢中になってたお前は気が付かなかったみたいだがな。とりあえずお前はこちらのソルドの権限に置いて身柄を拘束させてもらおうか」
アレンは拳銃を突きつけたまま男が持っていたナイフを全て奪い取る。
しかし、男はその様子にただひたすら笑うだけで、その様子はあまりにも不気味だ。
「何がおかしい」
「いや……これ以上おかしいことはないだろうねー。お前は詰めが甘すぎるんだよ」
「っ!」
その瞬間、路地に何らかの煙が充満し始めた。白い濃い煙でアレンの視界が薄れていく。
しまった、と彼が思う間にはもう遅く、充満していた白い霧が晴れた後、男は姿を消していた。
「くそ……みすみす敵を逃しちまったって訳か……」
アレンは悔しそうな表情を浮かべながらさっきまで男がいた場所をただ呆然と見ているしかなかった――。