プロローグ
「姉さん止めてよ!」
まだどこか幼さを残している黒髪の少年の声が部屋中に響き渡る。
此処はとある町の倉庫の一角。
深夜の裏通りのせいか、辺りは闇に包まれ閑散としている。
数十分前、少年と少女の二人は追っ手を振り切るかのように走り続け、近くにあった廃工場に身を隠した。
現在は使われていないのか部屋の中はカビた匂いが充満し辺りは闇に包まれている。
少女は息が上がっている少年を突如、壁に押さえつけ、手元にあった鎖で手足で縛り近くの箱へと投げ込んだ。
「ごめんね……。これしかあんたを守れる方法が無いんだ」
この状況にも関わらず、彼女は薄らと笑みを浮かべていた。
だが、笑顔は何処か引きつっており今にも泣き出しそうな表情だ。
少年も彼女を止めようと体を動かそうとするが自分の両足に付いている重りと両手を縛られた鎖が邪魔で自由に動けない。
「こんなことして悪いと思ってる。でも、この世でただ一人の弟を守る……いや、あいつらから逃れるにはこれしか無いんだ」
「だからって……。こんなこと……」
目の前にいる少年を愛しそうに彼女は彼の淡い真紅の瞳を見つめながらこう言った。
「一つだけ約束してくれない?私の分まで絶対に生きてね?」
無論、それは絶対に嫌だと言わんばかりに少年は首を横に振る。
鎖が絡まって辛そうにしている彼を見やりつつ、少女は何処か寂しげな表情を浮かべながら彼から離れていった。
そして何かを決したように、懐から何かを取り出す。
――拳銃だった。
少年は何かに気がついたように手を伸ばそうとするが、彼女との距離はかなり離れていてその手は届かない。
「そっか……。最後まで私の約束守ってくれないんだ……。でも、私のこと忘れないでね?」
彼女は自分の頭に銃口を押し付けた。
少女の頬に一筋の涙が零れ落ちていく。
「やめろ!」
少年は動かない両足をもがき続け、必死に彼女に向かって縛られている手を伸ばす。
しかし、彼の制止も虚しく、一つの乾いた銃声音は周りに響き渡り、少女の体はゆっくりと血の海へと沈んでいく。
それでも、彼女は少年を見つめ微かに笑っていた。
「畜生……。ちっくしょう!」
悔しそうに歯軋りをし、誰もいない倉庫の中で彼は動かなくなった少女の亡骸に向かって叫び続けた――