3話 魔女の夜
「…。」
ヴィーナは自室で静かに悩みました。どうすれば農民の少女のように美しくなれるのだろうか、と。けれど、考えれば考えるほど、分からなくなりました。それに、少女の顔を思い出すたびに劣等感に襲われて、消えたくなる気持ちになってしまうのです。
彼女は、自分が美しいことなどとうに分かっていました。五歳の頃の彼女とは違うのです。
王さまの娘として社交場に招かれるようにもなりましたし、農村へ赴かなければならなかったので、女性と接する場が増えたのです。
その中でも、自分が一番美しいのだと自覚はしていたのですが、どうしても負けているような気がしてならなかったのです。
美しさを求めすぎるのが、いけないことだとも理解していました。これでは、昔読んでもらった【白雪姫】というお話の女王さまと同じだと、気が付いていたのです。けれど、幼い頃から求め続けた美しさという希望を、簡単に手放す訳にはいかなかったのです。
せめて、老いてからも今のままの美しさがあれば。
そう望むまで、時間はかかりませんでした。
美しい女性の顔に皺が出来てしまっては、絶世の美女だなんて言えません。ヴィーナは、そうはなりたくなかったのです。だから、永遠の美しさを渇望しました。
…誰にも負けない、この世界中で一番の美しさを。そして、永遠の美しさを。
空に瞬く流れ星を見つめて、ヴィーナはそう願いました。
流れ星に願い事をすると、お星様が叶えてくれる。ヴィーナの国には、そういった言い伝えが残っていました。星の女神が眷属と共に願い事をした人の元に下りてくるのです。
「…なぁんて、本当に来るのかしらね」
星の女神が下りてくる気配がないので、ヴィーナは「下らないことを信じてしまった」と嘲り笑いました。
その瞬間、夜空がぴかりと輝きました。雷が落ちた時のように、ほんの一瞬だけの輝きでした。
何が起きたのだろう、とヴィーナが窓から空を覗くと、黒のマントに身を包んだ女性がこちらへ向かっているのに気が付きました。
「なんであの人…浮いて…!?」
ヴィーナは大きく目を開いて驚きました。なぜなら、黒いマントの女性は空を飛んでいたからです。木で出来た箒にまたがっています。星の不思議と共に言い伝えられている、【魔女】というものにそっくりです。
「やぁ、こんにちわ、醜いお姫様」
黒いマントの女性…魔女は、窓からヴィーナの自室に入り込み、なんとも不躾な挨拶をしました。この挨拶にヴィーナは眉をひそめました。
「君は本当に醜いね」
「…どうしてそんなことを言うのかしら。それにわたくしが願ったのは貴女のような魔女ではなく、星の女神でしてよ」
自分の美しさを確信していたヴィーナは、魔女を睨みます。苛立ちが隠せていません。そして、苛立ちと共に動揺も感じていました。もしかしたら、わたくしは美しくなんてないかもしれない、と悩みこんでいたからです。
「知らなかったのかい?黒い願いは星の女神は聞き入れないのさ。代わりに私のような魔女がやってくるのさ」
「そ…そんな…」
ヴィーナは魔女の言葉を聞いて、絶望しました。魔女といえば、魂と引き換えに願いを叶えてくれる、という噂があったからです。
「醜いお姫様は、醜い姿を永遠に残したいのかい?」
「そんなことないわ。わたくしは美しい自分を永遠にしてほしいだけよ」
魔女は、意味ありげにくくっと笑いました。それはさながら悪い魔女のようでありましたが、新しいおもちゃを目の前にしてはしゃぐ少女のようにも見えました。
「本当に、願いがそれでいいんだね?」
「ええ、そうよ。五歳の頃から約10年、ずっとそればっかりを願ってきたんだから」
「恨みっこなしだが…」
ヴィーナは、何の代償もないことを不思議に思いましたが、やっと永遠の美しさを手に入れられることに浮かれていました。これなら、お母様も認めて下さる、と思いこんでやまなかったのです。
「貴女に永遠の美しさを与えましょう」
魔女は、マントの中から出したロッドのような道具を空でブンと振ると、ロッドの先の大きな水晶が紫に淡く怪しく光ります。「To the Vena the beauty of eternal life, the immortality of ugliness」と魔女が小さく呟いた時、紫の光が粒となってヴィーナに降り注ぎました。
「さあ、これで君は醜いお姫様から永遠の美しいお姫様に変わった。それが吉とでるか凶とでるかは君次第だ」
「じゃあ、失礼するよ」と魔女は箒にまたがり、夜空に消えて行きました。
「これで…わたくしはこの世界で一番美しいのね」
ヴィーナは静かにほくそ笑みました。【白雪姫】の女王様のように見えたその笑みは、持ち前の美しさですぐに優しい笑みえと変わりました。