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時止め姫の不思議な屋敷  作者: 真裏
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2話 妬みの種

 ヴィーナはすくすくと成長し、幼女から少女へと変わりました。笑みは可愛らしいものから美しいものへと変化しましたが、まだまだあどけなさの残る幼い表情です。


「今日の予定は…農村へ向かうのね」


 綺麗な文字がつらつらと並べられている、装飾が派手な手帳を開き、ヴィーナは呟きました。

今月は葉の赤みが深くなってくる11月です。実りの時期には、王様や王妃、そして姫が農村へと赴かなければいけません。作物の収穫量を国が把握し、各地域にその作物を配布しないといけないからです。


 ヴィーナは指定された農村へ向かう為に、外へ行く為の服に着替え始めました。

 姫といえども今日は遠出をしなければいけないので、王宮で着るようなフリルがふんだんに使われたドレスではなく、動きやすいフリルが少なめの落ち着いたドレスです。


「ああ、姫様!わたくしが目を離した隙に!」


 ヴィーナのお召し物を管理する召使いが、慌てて部屋に入って来ました。お風呂や衣に関しての面倒は女性の召使いが行うものなので、部屋に入って来たのは女性です。裾が長い紺色の召使い服を引きずらないように早足でヴィーナの元へ向かい、急いで彼女の着替えを引き受けました。


「あら、自分で出来るからいいのに…」


「ヴィーナ様は姫なのですから、わたくしたち召使いが行います!まったく、ヴィーナ様はなんでも一人でやろうとしすぎなのです。」


 ヴィーナが幼いころから面倒を見てきた召使いの女性は、母親のようにぶつぶつと小さく説教をします。その説教には慣れているようで、ヴィーナは「はいはい」と軽く受け流しました。


「…はい、これでよろしいでしょう?髪飾りも付けていきますか?」


 召使いの女性が、三つの髪飾りをヴィーナの目の前に出しました。

 蝶の形を模している、金色で細い装飾が施された髪飾り。

 簪のようになっていて、柄の部分に宝石が散りばめられた髪飾り。

 白のシルク糸で編まれたリボンの上に大輪のバラが縫い付けられた髪飾り。


 どれもヴィーナのお気に入りで、「うーん」と悩む素振りを見せましたが、結局彼女は首を横に振りました。


「道中で落としてしまっては、悔やみきれません。今日は髪飾りは止めておきます」


「かしこまりました…。では、わたくしはこれで。今日という日がよい一日になりますように」


 召使いの女性は、王族を見送る時の決まり文句を告げ、ヴィーナの部屋から退出しました。


「ふぅ…じゃあ、行こうかしら」


 ヴィーナは前髪を少し整えて、広い広い自室から廊下に出ました。







♦ ♦ ♦






 さて、ヴィーナは今、馬車に乗っています。

 農村へ赴く為です。


 馬車はがたがたと揺れて、乗車している人たちの自律神経を刺激します。微量の嘔吐感を喉の奥で感じながら、ヴィーナとその召使いたちは数時間の旅を続けました。


 そして、その末に着いたのは、いくらか発展していた農村です。

 普通の農村より土地が広く、家の数も多いです。畑で作業している農民たちは、いい汗を流しています。


「よくぞいらっしゃいました、ヴィーナ姫。ささ、狭い家ですが、おあがり下さい」


 村長らしき老人がヴィーナをエスコートし、家に招きました。

 王宮とは作りが違う、田舎の家に入るのに少しばかり苦労したようですが、やっとの思いで居間へと進みました。


「では、報告をお願い致します」


「ええ。今年はかなり豊作です。去年と比べて雨の日が多かったので、その影響かと思われます」


「そう、ありがとう」


 このたったの数分の報告の為に、ヴィーナを含めた王族は遠い農村まで足を運ばなければならないのです。毎年の恒例行事にうんざりとしているヴィーナは、心の中で溜息を吐きます。


…いいや、溜息をついてしまったら、幸せが逃げてしまうわ。


 ヴィーナは村長の家から出て、馬車へと向かいました。他の農村へ赴く為です。しかし、その足を止めるかのように村人が彼女に話しかけました。


「あ、あのっ…!」


 緊張した面持ちでヴィーナに話しかけたのは、彼女と同じくらいの年頃の少女です。


「?どうしたのかしら」


 少女の声にヴィーナは振り向き、続きを促します。

 …その時、彼女に衝撃が走りました。


 村の少女は目を見張るほどに美しく、可愛らしかったのです。

 夜空を閉じ込めたような髪に、瞬く星のような瞳。その瞳を飾るのは、あまりにも長い睫毛でした。  ヴィーナが男性であれば、一目ぼれをしていたかもしれないような、とても整った顔の少女です。


「わっ…本当に綺麗な人…あ、な、なんでもないんです!ごめんなさい!」


 少女はヴィーナを見つめうっとりとした後、失言をしてしまったのではないかと勢いよく頭を下げました。どうやら、ヴィーナが少女のことを美しいと感じたように、少女もヴィーナのことを美しいと感じたようです。


「い、いえ、頭を上げて下さい。貴女も本当に美しいですよ」


 …わたくしが、喉から手が出るほどに


 そう言いかけて、ヴィーナは口を噤みました。


「そ、そんなことはっ…無駄なお時間をとらせてしまってすみません」

「大丈夫ですよ。では、そろそろ他の村に向かいますね」


 ヴィーナは踵を返し、少女を置き去りにして馬車へ乗りこみました。


「は、はい!」


 少女はキラキラとした笑顔を馬車にいるヴィーナに向けて、見送りました。

 馬車の中のヴィーナは思います。わたくしよりも美しい人がいた、と。

 彼女の‘希望‘は、「お母様のような美しさを手に入れること」から、「誰よりも優れた美しさを手に入れること」に変わっていたのです。


「…っ」


 ヴィーナは静かに、そして確実に妬みの種を育てていきました。

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