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口伝 失せ物と現れ物

 この町には、失せ物と現れ物がいらっしゃる。

 ふたつがあらわれるのは、閉じた扉のある家の中。

 閉じていた扉が、ひとりでに開いたとき。

 失せ物と現れ物がいらっしゃる。

 (市場の青果店、先々代店主より)


 ぼくのおやつがなくなった。

 うせものだっていったのに、ぼくがたべたとおもわれた。

 くやしくてひとりでないてたら、おいもがたくさんあらわれた。

 あらわれものはぼくのもの。

 こんどこそ、ぼくがたべてやった。

 (商業区画、街角の少年より)


 家に空き巣が入ったことがあったのだけど。

 家に帰ってきて、ばったりその空き巣と顔を合わせちゃって。

 悲鳴をあげたら、空き巣もおどろいて奥の部屋に逃げ込んじゃって。

 ウチの旦那があわてて空き巣を追って奥の部屋に入ったんだけど。

 そうしたら、空き巣の姿がどこにもなかったのよ。

 あとで町の守衛さんが調べたら、空き巣はよそ者だったらしいけど。

 それを聞いて、私も納得しちゃって。

 この町で夜に空き巣しようだなんて。

 失せ物になるだけだって、みんな知ってるんだから。

 (市場の雑貨屋、店主より)


 この彫り物が気になるかい?

 これはみんな、現れ物が彫ったものよ。

 きっと町の人をまねた人形なんじゃないかって言われてるのよ。

 気づいたら、家の中にひょっこり置いてあったりするの。

 でも、どうすればいいかわからないでしょう?

 飾るのも怖いし、乱暴にあつかうのも怖いもの。

 だから、こうして、この街角に人形塚を用意したのよ。

 最近はとんと、この彫り物が現れたって話も聞かないけど。

 私が若い頃は、ときどき増えていたものだけどねぇ。

 (商業区画、街角の老婆より)


 夜に扉を開けちゃあいけない。

 扉の裏に、失せ物がひそんでる。

 もしも扉を開けたなら。

 そんときゃお前が失せ物だ。

 (市場の食堂、店主より)


 この町には無人の廃墟群があるだろう。

 市場を抜けて、もっとはずれのほうに歩いたところさ。

 まだ建物だってしっかりしている。

 移り住もうと思えば、いくらだってできるだろうに。

 でも、そんなことをしようとするやつはひとりもいない。

 なぜなら、あそこには失せ物が住んでいるのさ。

 建物があるからわかるとおり、昔はあそこにも人が住んでいた。

 でもある日、あの一帯からすべての住人が消えたのさ。

 なんで、どうして、そんな疑問はこの町の住人なら誰も考えない。

 みんな失せ物になっちまったのさ。

 だから、いまじゃあそこは無人のまま。

 玄関も、窓も、部屋から棚からなにからなにまで。

 扉という扉を取っぱらって、建物のガイコツだけ残してるのさ。

 (工業区画、食器職人より)


 失せ物は、扉の奥からなにかを奪う。

 その姿を見たものは、失せ物となってしまうという。

 現れ物は、扉の奥からなにかを与える。

 その姿を見たものは、狂気を与えられて狂ってしまう。

 あなたがなにかを失くしたら、それに執着してはいけない。

 あなた自身を失くすより、価値あるものでないかぎり。

 あなたがなにかを得たのなら、それに執着してはいけない。

 次にあなたが得るものは、あなたを害するものだから。

 (町の守衛より)

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