話者 おしゃべりマンドレイク
やあやあ、お客様?
お客様だよね?
いやァ待っていたよ、いらっしゃい!
そのとおり!
アタシがこの扉の迷宮の主。
自律歩行できるようになるまで成長しきった、マンドレイクさ!
君がお姉様の言ってた異聞蒐集家だね、大歓迎だよー!
え……ああ、お姉様っていうのは、かの6000年を生きる大魔女様さ。
アタシ、お姉様に首ったけだからさァ。
君も見てよ、アタシのこの身体。
お姉様みたいに豊満で、扇情的で、肉感たっぷりだろ?
長年かけてさ、お姉様みたいな美女の姿になるよう調整してきたのさ。
頭は葉っぱが生えてるし、手先や足先は枝わかれした根っこだけどさ。
でも、この胸、この腰つき、この太もも……いい艶をしてるだろ?
マンドレイクたるもの、造形美にはこだわらないとってねェ。
――って、アハハ、ごめんごめん。
こんな場所で長話をはじめちゃったら、聞くほうも大変だよね。
よし、それじゃ君をしっかりと歓迎してみせようじゃないか。
こっちにおいで。
楽しく話すにゃもってこいの場所があるからさ。
* * *
ほらほら、遠慮なんかしないで入ったはいった。
ここはアタシ自慢の秘湯なんだ、疲れだって吹き飛ぶよ?
アタシと一緒に気持ちよくつかろうって、ねェ?
うん、いいね。
もっとこっちに来なよ、離れてちゃあしゃべりにくいだろう?
ほら……気持ちいいもんだよねェ。
君はお酒、まったくダメかい?
ちょっとだけなら飲める?
ならよかった。
はい、どうぞ、アタシ秘蔵のお酒……遠慮なく飲んでって。
独特の風味がある?
そうだろうとも、君もいい味覚をしているねェ。
そいつは「アタシ酒」さ。
アタシのエキスがしみたお酒ってこと。
アタシがしばらくこのお酒につかって、つくってみたのさ。
え、ちょっと、そんないきなりむせることないだろ?
きちんと身ぎれいにしてつくったから、大丈夫さ。
マンドレイク酒っていったら、けっこういいモンだよ?
うん?
どっちかというと、お酒が強すぎたかい?
君、顔真っ赤にして、大丈夫かい?
悪いけど、ちょっとお湯から抱きあげるからねー。
よっと。
そんなに酔っぱらうものだったかなァ?
ああ、まあ、アタシはマンドレイクだからさァ。
いちおう、惚れ薬とか、媚薬の素材になったりもするけど。
まさか、君、そっちが効いちゃったなんてことは……ないよね?
ううん……念のため、身体の中から残ったお酒を抜いておこうか。
ちょっと口を開けてねー。
えづかないよう、細ーい指先をのばして、お腹の中のお酒を吸うからー。
はい、指入れるよー。
いま、のどを指先がとおってるけど、大丈夫だからねー。
お腹の中に到着ー、そしてお酒を吸引ーっと。
よし……まァ、これで悪化はしないだろうさ。
なんか、悪かったねェ……酒のせいかアタシのせいかわかんないけど。
でも、すこし休めばよくなるさ。
身体が熱い?
しかたないねェ、ちゃんとアタシが介抱するから、安心しなよ。
* * *
もう、熱は引いたかい?
落ち着いたようだね、頭はすっきりしてる?
いやァ、悪いわるい!
アタシの友達って、みんな酒に強いヤツばっかりでさァ。
ちょっとなら飲めるって感覚を、かんっぜんに読み違えてたよ。
このとおり、ごめんなさい!
ああ、うん。
そう言ってくれると、アタシとしても助かるよ。
ああ、なんでも聞いていいよ……もともと、そのつもりだしね。
で……この町の昔話とか言い伝え、だよね?
「マンドレイクとサラマンダー」は……あ、もう聞いた?
じゃあ、迷宮の話よりも町の中の話がいいかねェ?
そうだなァ……。
アタシから裏話まで教えられそうなものっていうと……。
ああ、「失せ物と現れ物」って話はどうだい?
おっ、まだ聞いたことないね?
興味を惹かれたって顔してるね?
よーし、それじゃ、決定だ。
この話は町に住む町民のあいだで語られている伝承で――。
とつぜんなくなる失せ物と、とつぜん出てくる現れ物のお話さ。