実情
どうだったかな、この国の建国神話は。
“山の民”や“森の民”のあいだでは、もっと違った伝承もあるけれど。
それでも、これがこの国で一番有名な建国神話だろうね。
そんなものはもう知っているって?
有名な話なんだから知っていて当然だろうって?
本当にそうかな?
言っただろう?
僕が君に話すのは、建国神話じゃなくて、「建国神話の話」だって。
君が知っているのは、勝者の側の歴史だけなんじゃないかな?
悪い竜が人を苦しめていたのを、善い竜が助けてくれた。
善い竜は、自分の身体を剣や盾に変えて、人々を守ってくれた。
それから、人々は善い竜を守り神として、“水の国”を建国した。
君が知っているのは、その程度だろう?
もちろん、現実はそんなやさしいおとぎ話じゃない。
その神話の真実を、教えてあげよう。
どうして僕が裏話を知っているか?
そんなものは単純な話さ。
僕は、当時から生きていて、実際に現場を見ていたんだからね。
さて、それじゃあ、これからは裏話の時間だ。
勝者によって書かれた歴史の、本当のところ。
それを君に教えてあげよう。
まず、いまの“水の国”が竜の力のおかげで成り立っているのは事実だ。
そして、人々が竜の恩恵を受けて生き延びてきたのも事実だ。
この国にとって、竜という種族はまぎれもなく恩人だ。
じゃあ、なぜその恩人である竜がこの国にいないと思う?
どうして、守り神としてまつられるだけの存在になったんだと思う?
ここまで言えば、もうわかっただろう?
そう、竜は人が滅ぼしたんだ。
竜は全身が貴重な素材の宝庫だからね。
人はかつて、自分たちが生き延びるために竜を狩り尽くしたんだよ。
火も防ぎ、水も防ぎ、毒も防ぎ、魔法も防ぐ。
どんな剣でも傷つけられない、頑丈な素材。
そんな竜の身体のおかげで、この国をつくった人々は生きて来られたんだ。
と言っても、竜の身体はいま言ったように、すごい素材だ。
建国神話のとおり、竜は人の武器では傷つけようもない、最強の魔物だった。
それを、当時の人々はどうやって倒したと思う?
竜狩りがはじまったあの日――人は、竜の墓をあばいたんだ。
そこに眠る、竜の祖先の身体から、牙や爪を得たんだ。
人に恩恵を授けた赤い竜っていうのはね、竜の死体だったのさ。
そして新しく殺した竜の身体から、人はまた新たな武器をつくった。
新たな武器は、新たな竜の犠牲を生んだ。
それは、竜が狩り尽くされるまで止まらなかった。
だからね、この建国神話は“水の国”の人々の贖罪なんだよ。
墓をあばいてまで竜を殺した私たちを許してくださいって。
国中に竜の彫像を建てて、守り神ってことにして、謝りつづけているのさ。
神話の中で、青い竜が死ななかったのも、同じだ。
人々は、いつか自分たちが報いを受ける日が来ると恐れているのさ。
いつか災いの竜が牙をむいて、自分たちに復讐しに来る――とね。
“水の国”は、竜への贖罪と、竜への恐怖と。
竜の死体の山でできているんだ。
それが、建国神話の本当の話さ。
――どうだったかな?
いまじゃあ当時を知る人なんていない。
当時を知る魔物だってめったにいないだろうし、貴重な情報じゃないかな。
気に入ってくれたかな?
そうか、それはよかった。
もっと僕に話してほしいことはあるかな?
うん?
対価かい?
もちろん、また新たにもらうことになるけど。
ふうん――君の視線を見るに、やっぱり君は僕の身体が気になるようだね?
そんなにあわててごまかさなくてもいいじゃないか。
対価って聞いて、僕の胸を見つめただろう。
さっきの、僕の胸の柔らかさを思い出したのかな?
僕の身体を、服の上からじゃなくて、直接、見たくなったのかな?
仕方ないな、それじゃあ、見せてあげよう。
あわてたってもう遅いよ。
対価に何を取られるかなんて心配するよりさ。
いまは、貴重な魔女の裸体を拝むのが先じゃないかな?
ほら――これが僕の、ローブの下の姿さ。
綺麗かな、どうだい?
ふふふ――その反応を見ると、想像以上のものが見られたかな?
さっき言っただろう?
僕のこの姿は、館の入口にある胸像を参考にしたって。
だから、僕には腰から上しか身体がないのさ。
見てのとおり、魔法で空中に浮いて、ローブを着てごまかしているんだ。
両手については、これがないと人の道具が使いにくくてね。
ひじから先だけ、なんとかこしらえたのさ。
さて。
それじゃあ、僕の透けるような裸体を見たところで。
元気が出たならもう一度、君の身体を――。
あれ?
血の気が引いているようだけれど、大丈夫かい?
僕の裸はそんなに刺激が強すぎたかな?
ううん、こまったな。
顔色も悪くなっているし、そんなに驚いたのかい?
異聞蒐集家だっていうなら、これくらいで驚いてちゃだめだろうに。
さては君、駆け出しだね?
僕のところへ来たのも、度胸があってというより無鉄砲だったのか。
ん――情けない姿を見せてごめんって、僕に謝るだけの余裕はあるんだね。
よし、君のことはなかなか気に入った。
今日のところは帰してあげるから、元気になったらまたおいで。
君の異聞蒐集を、僕が少しは手伝ってあげるから。
これでも、僕は顔が広くてね。
この国の、長生きしている魔物たちを君に紹介してあげよう。
各地で伝承を集めて、その実情を当時を知る者に聞く――どうだい?
ほかの人にはなかなかまねできない蒐集方法だろう。
うん、だから、今日はゆっくり休みたまえ。
人の身体は、僕らのような人外とくらべて、あまりにも脆いからね。
それじゃあ、気をつけて帰るんだよ。
また今度――待ってるよ。