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口伝 幸いの竜と災いの竜

 むかしむかし、まだこの国に名前のなかった頃の話。

 広い広い広原に、赤い竜と青い竜が暮らしていました。

 二匹の竜はどちらもとても大きく、賢く、力もちでした。


 赤い竜はやさしい竜でした。

 獣に襲われている人間を見つけては、助けてあげて。

 獣に襲われないためにはどうすれば良いか、知恵をさずけ。

 人間たちが大きな町を造ろうとすれば、力仕事を手伝い。

 人間たちから、とても慕われていました。


 青い竜は強い竜でした。

 日照りの日が続けば、空を飛んで雨雲をかき集め。

 洪水であたりが水浸しになれば、濁流をペロリと飲み干し。

 山が火を噴いたときは、一息でその火を吹き消して。

 人間たちから、とても恐れられていました。


 二匹の竜は仲がよく、いつも一緒に大空を翔けていました。


 けれどある日、そんな二匹の竜がけんかを始めました。

 青い竜が赤い竜へ、人間たちとつきあうのをやめるように言ったのです。


「最近は人間の町から立ち昇る煙がけむくてしょうがない」


 青い竜は目をいからせてそう言います。


「あんなちっぽけな生きものなんて踏みつぶしてしまえばいい」


 それに対して、赤い竜は言い返しました。


「何を言うのです。人間たちは私にとって実の子供みたいなものです」


 赤い竜は尻尾でぴしゃりと大地を叩き、言いました。


「それに、人間をちっぽけな生きものと侮ってはなりません」


 そうして言い合いを続けた末、青い竜はどこかへ飛んでいってしまいました。

 怒った青い竜は、自分だけで人間たちを滅ぼすことにしたのです。

 その日を境に、人間たちの試練の日々が始まりました。


 国中の大きな町という町が、青い竜の吐く炎によって焼かれました。

 竜の翼が巻き起こす風が、逃げまどう人々を容赦なく吹き飛ばしました。

 立ち向かおうと剣を手にした人々は、竜の鱗に傷ひとつつけられませんでした。


 青い竜が暴れるのを見て、赤い竜はとても悲しみました。

 青い竜をなんとか止めようと、何度も声をかけました。

 しかし、青い竜はもう赤い竜の言葉を聞こうとはしませんでした。


 そんな日々が続いたあるとき。

 ついに赤い竜はひとつの決心をして、どこかへとその姿を消しました。


 その日の夜。

 ひとりの人間の枕元に、赤い竜の声が響きました。


「あなたにこの剣と盾を、兜とローブを授けます」


 勇気ある者として名高かったひとりの人間に、赤い竜が武具を授けたのです。


「この剣があれば、竜の鱗をつらぬけるでしょう」


 赤い竜は姿を見せず、声だけが人間の耳に届きました。


「この盾があれば、竜の炎も防げるでしょう」


 武具を受け取った人間は驚いて赤い竜を探しました。


「赤い竜よ、あなたはどこにいるのですか」


 すると、声がやさしく答えました。


「あなたの持つ剣が、盾が、身につけている防具が私です」


 赤い竜は、自らの身体を武具に変えたのでした。

 強靭な竜の鱗をつらぬけるものは、竜の爪や牙しかありませんでした。

 赤い竜は自分を犠牲にして、青い竜を止める術を人間に授けたのでした。


 それを聞いた人間は涙を流しました。

 赤い竜のやさしさを思い、夜が明けるまで泣き続けました。

 そして、日の出とともに力強く剣を振り上げた人間は、言いました。


「赤い竜よ、あなたの思いは私がしっかりと引き継ぎました」


 それから赤い竜の意志を継いだ人間は青い竜と戦いました。

 激しい戦いは幾晩も続きました。

 しかし100日の戦いの末、ついに人間は青い竜を撃退しました。


「おのれ、ちっぽけな人間め。おぼえておけよ」


 傷を負った青い竜は、そう恨みごとを言い残してどこかへと姿を消しました。

 残された人間たちは、自分たちの勝利を喜びました。

 そして同時に、赤い竜の犠牲に涙しました。


 人間たちは、赤い竜のために立派なお墓を建てました。

 お墓には、かつて赤い竜だった武具を大切に納めました。

 赤い竜の意志を継いだ人間は、そのお墓に向かって言いました。


「あなたのおかげでこの国は救われました。ありがとうございます」


 ありがとう、ありがとう、とその場に集った人間たちが涙して言いました。

 すると、どこからともなく、赤い竜の声が響きました。


「こちらこそ、友達を止めてくれてありがとう」


 空に大きな赤い竜の幻があらわれ、そう言いました。

 そして、幻は大粒の涙をこぼして礼をしたのでした。

 このときこぼれた涙が海となり、国にたくさんの恵みをもたらしたのでした。


 以来、この国は“水の国”と呼ばれるようになり――。

 赤い竜を“幸いの竜”と呼んで慕い――。

 青い竜を“災いの竜”と呼んで恐れ――。


 いつの日か、“災いの竜”が再び人間たちを襲いにやってきたとき。

 赤い竜に授けられた武具を身につけて立ち向かうべき使命をもつ者のことを。

 国で一番の勇気ある者を“勇者”と呼ぶようになったのでした。

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