話者 6000年を生きる魔女
ようこそいらっしゃい。
僕の住処をたずねようなんて度胸のある人だ。
歓迎するよ。
ああ、お察しのとおり。
僕がこの館の主、6000年を生きる魔女だ。
よろしくね。
君は各地の昔話や伝承を聞き集めているそうだね?
それなら、きっと僕は君の期待に添えられるだろう。
僕の興が乗ったらなんでも答えてあげるから、楽しみにするといい。
さあ、遠慮なく上がりたまえ。
いま、お茶の準備をしよう。
* * *
僕のお茶は、お客様の口に合ったかな?
それなら結構。
ひさしぶりのお客様だからね、お茶の淹れ方を忘れていなくてよかったよ。
ああ、それと、館の中が気になったら好きに見学してもいいよ。
さっきから落ち着きなく視線を動かしているようだしね。
君の気を惹くものがあったら、存分に見ていってくれ。
ふむ――と言うよりも。
君はさっきから、僕の身体をちらちらと見ているんだね?
僕の身体がそんなに君の気を惹いたかな?
艶めく黒髪、磁器のように白い柔肌、豊満な双丘に扇情的なくびれ。
甘い香りを身にまとい、おまけに声はとろけるように蠱惑的な響き。
僕も自分の魅力はわかっているからね、心奪われるのも仕方ないけれど。
そうじゃない?
僕の口調が女っぽくないから気になったって?
ああ、どうもそうらしいね。
僕はもともと、人じゃない。
こうやって人の姿に化けているだけの、人外の化物さ。
だから、人の口調や仕草みたいな、細かいことはわからなくてね。
姿については、館の入口に飾ってある胸像を参考にしたんだけれど。
この姿に釣られてここをおとずれる人は、これまで男ばかりでね。
女っぽい口調とやらを知る機会がなかったのさ、悪いね。
さて――それじゃあ、さっそくはじめようか?
何をかって?
そんなもの、決まっているじゃないか。
君は勇気を出して、怖い魔女から話を聞きに来たのだろう?
ならば、対価を要求されることくらい、予想済みだろう?
ああ、命を奪ったり、痛いことはしないから安心していいよ。
なあに、君の身体を少しばかり――いや、入念に撫でさせてほしいだけさ。
君はただそのソファに座って、僕に身を委ねてくれるだけでいい。
とても簡単なことさ、悪い話じゃないだろう?
どうしてそんなことをするのか?
君にとって、昔話や伝承がとても貴重な情報だってことと同じさ。
僕にとって、人の身体の詳細はとても貴重な情報なんだ。
僕は君から人の身体というものを学ぶ。
君は僕からこの国の古い話を知る。
よい取引だと思わないかい?
ふふ、よい返事をくれてありがとう。
自分の知的好奇心のためにその身を投げ出す覚悟、僕は好きだよ。
それじゃあ遠慮なく、失礼するよ。
うん――くすぐったいかな?
僕の指が君の身体を撫でるたび、びくりと筋肉が震えるのがわかるよ。
全身を撫でられるなんて経験は、はじめてかな?
へえ――僕の胸を押し当てたら、君の心臓が飛び跳ねだしたね。
まあ、約得だと思って、しばらく柔らかさを味わうといいよ。
骨格、肉づき、鼓動に息づかいまで、僕も堪能させてもらっているからね。
ふふ――僕の吐息が君の肌に触れると、君の呼吸まで荒くなるんだね。
情動による体調の変化も、たっぷり調べさせてもらうよ。
熱や汗、人肌のぬくもりってものは、やはりよいものだね。
君も、もう少し身体の力を抜いたらどうだい?
そんなに緊張させていたら、途中でバテてしまうよ?
* * *
さて、落ち着いたかな?
君の頭が冷静になったなら、そろそろはじめよう。
もちろん、君への対価だ。
元気が出たかい?
君も現金な人だ。
では、昔話、伝承、伝説、神話――何を話そうか。
そうだな、僕は長生きをしていることだし。
この国の建国神話の話なんてどうかな?
勇者の制度と、伝説の勇者の装備の由来が語られる――。
今では死に絶えた、最強の魔物が活躍する話――。
二匹の竜が登場する、“水の国”のはじまりの話さ。