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3 承認欲求について


 山に隠れるように消えた太陽光は、光の代わりに夜を落とした。薄暗闇が辺りを包み込み、空には半月が浮かんでいた。

「さっきの話の続きだけど、キミはファンタジー小説が好きなの? 授業をそっちのけで小説を読むなんてなかなかの読書家のようだけど」

「普段はホラーやミステリーだな。今回はたまたまだ」

「たまたま、ね。ならばその偶然に感謝しないと。私も好きなの。蟹チャーハン先生」

 読んでいた小説の作者名である。蟹チャーハンというペンネームは本当に微妙だと思うが、若い読者からの支持が厚い人気作家だ。

 ちらりと横を見やる。

「ナルニア国物語や指輪物語の正当な系譜とさえ思ってるわ。異世界転生もののジャンルを切り開いた先駆者とさえ思ってる。……青村くん、キミに一つだけ打ち明け話をしたいんだけど、笑わないで聞いてくれる?」

「話の内容を聞かずに判断できるほど成熟した人間じゃないんだ」

「それもそうね」

 彼女はピタリと立ち止まり、俺の手を掴んだ。

 予想外の展開にくらりとした。

 名も知らぬ春の花の香りに高揚した。

 告白、されるのか?

 中学三年になるまで、クラスも別で、なんの接点も無かったが、同じ学校だったのは確かだし、あり得ない話では無いだろう。

「あの、さ」

「……はい」

 何故か敬語になってしまった。

「そこ、私の家なの。寄っていかない?」

「はい?」

 想像の斜め上の展開だ。


 街灯がないので、暗くてよくわからなかった。はじめは空き地かと思ったが、よくよく見るとブロック塀に囲われてアパートが建っていた。お世辞にも新しいとは言えない。コント番組に出てくるような古いアパートだ。

 清楚な出で立ちをしている戸部がここの住人というのは想像つかなかった。

 外壁はところどころひび割れ、剥げた塗装が階段に散らばっていた。

 少女は慣れた手つきで二階の角部屋のドアノブに鍵を差し込むと、俺の方を向いて微笑んだ。

「見ての通りボロいでしょ……。キミを信頼してるから、私の家柄についてとやかく言うのは止めてね」

「……そんなこと言わねーよ」

「お茶くらいは出すわ。なんだか緊張するわね」

 まったくもって不可解だ。なぜ、俺は家に招かれている。家に上がるのを断ろうとしたが、「相談がある」と半ば押しきられるように手をひかれてしまった

 明らかに彼女の両親は不在だ。展開はジェットコースター並みに過ぎていく。


 まず玄関の靴抜きに並ぶ大人用の靴の多さに驚いた。ブランドで高級そうな物ばかりだ。俺がローファーを脱げずにいると少女は慌ててたくさん放置された靴を隣のシューズボックスに乱雑にしまい、スペースを確保した。

「ごめん、母親の靴で。無駄にたくさんあるから。片付けがあの人苦手で」

 外観はボロかったが、内装は思ったよりもきれいだった。玄関を抜けるとすぐに台所で、卓上の一口コンロが置いてあった。冷蔵庫にはマグネットがいくつも止められ、上にはたくさんのインスタントラーメンとカップラーメンが並んでいた。

 少女は換気扇の紐を引いてから、小型湯沸し器のボタンを手のひらで押し、お湯を出した。ボッと小気味良い音とともにお湯がシンクを叩きつける。

 手を洗い、お湯を口に含むとガラガラとうがいをした。

 なにも言えずにそれを見ていると「ほら、キミも」と促されたので、同じようにうがい手洗いをする。

 それから奥の部屋に案内された。

 襖を開けると畳の部屋が広がった。どうやらリビングらしい。部屋はそれで全部らしかった。独り暮らしならまだしも、家族で住むには狭すぎる。

「座ってて。いまお茶を淹れるから」

 ちゃぶ台の前の座布団を案内される。居心地の悪さを感じながら、俺は腰を下ろし、暇潰しがてらスマホを取りだした。

 アクセスしたニュースサイトを流し読みするが、内容はまったく頭に入らなかった。

 戸部はキッチンでヤカンを火にかけたらしい。チッチッチとコンロがスパークを飛ばす音が響いた。

「あのさ、俺、すぐ帰るぜ?」

「なんで?」

 パコン、と茶缶の蓋が開く音がした。

「いや、そっちだって両親そろそろ帰ってくるだろ」

「父親ならいないよ。母親はもう仕事に行ったから、明日の朝まで帰ってこない」

「え?」

「ん? なに?」

 慌てて目線をそらす。日に焼けささくれた畳の目を数えて平常心を保つことにしよう。

 それから数分もしないうちに湯飲みをもって正面に少女は腰かけた。

「どうぞ」

 湯気と共に芳醇な香りが鼻孔を擽った。

 魚へんがやたらめったらかかれた湯飲みを持ち茶を口に含む。美味しかった。

「……」

 互いにお茶を飲んで一息つく。

 暫し無言の時が訪れる。壁が薄いからか、隣人の笑い声が微かに聞こえた。

 これは、その、あの、……いいんだよな。

「えっと」

「ん?」

 こてん、と首をかしげられる。

 普通に可愛い。


 はじめての時というのはこういうものなのだろうか。

 心臓が高鳴っている。中学三年生で卒業というのは、早いのだろうか、遅いのだろうか。世の平均はどのくらいなのだろうか。個人的には早いような気がするが。

「それで、相談というのは……」

 口を開く様子がなかったので、俺から誘いをかけることにした。

「ああ、ごめん。帰宅を邪魔して。時間はとらせないよ。実は、これ」 

 少女は横に置いてあった鞄を手繰り寄せ、ジッパーを開けて中に手を突っ込んだ。テーブルの上に青色のノートをポンと置かれた。

「……?」

「よ、読んでみて」

 不可解な展開に首を捻りながら、ノートを開く。気のせいか戸部は紅くなっていた。

 このノートはなんだろう、と思いつつ、一ページ目に目を落とす。

「……ッ」

 顔から火が吹き出そうになった。

「おま、これ……」

「せ、設定集よ」

 黒歴史ノートの間違いだろう。


 ノートにはこと細かに架空の世界について綴られていた。現役バリバリの中学生が見ても胸が締め付けられるような世界観だ。

「こ、これを俺に見せて、なにがしたいんだよ……」

 閉じて、彼女に返そうとしたら、手をギュッと握られてしまった。

「感想を聞きたい」

「感想……?」

「私の世界を知ってほしいの。誰かに」

「俺に?」

「そう。読んでほしい。どうかな」

「いや、えっと、その、なんか意外だよな。俺は戸部に、けっこう、リアリストみたいなイメージ持ってたから」

「私に対する感想じゃなくて、ノートに綴られた設定に対しての感想を聞きたいの」

 無理やりページを開かれる。小さく「わかったよ」と返事をし、理路整然と綴られた流麗な筆致に目を落とす。


 彼女のノートに綴られていた設定をかいつまんでまとめてみる。

 世界はノースライトとサウレフトと魔界(ダウェスト)の三国で成り立っているらしい。

 もう鳥肌もんだ。

「これを俺が知って感想伝えたところでなにがあるの?」

 恐る恐る少女を見やる。

 白熱電灯に照らされた少女は上目遣いに見つめ返して来た。

「顕示欲とか自己承認欲求ってあるでしょ?」

「そりゃ、だれにも」

「私にだってあるの。集団から自分が認められたいっていう感情が」

「こ、こんな世界観作り出さなくても、戸部は充分にクラスのみんなから認められてると思うよ」

 静かにノートを閉じて返したら、ページを開いて突き返された。

「クラスのみんなじゃないの。私はあまねく世界に認められたいの」

 ページには七つの聖遺物というロストテクノロジーについて丁寧な説明が加えられていた。

「方法ならさ、たくさんあるじゃん、アイドルを目指すとか、そういうのでいいじゃん」

 ノートを閉じて戻したら、しつこく開いて突き返された。

「私はこれでやりたいの。これで小説家になりたいの」

 ノートには天使に与えられた特殊スキルについて説明が加えられていた。総毛立つ。

「だからね!」

 ぐいっと捕まれてノートに目の前に持ってこられる。近い。

「感想を聞かせてほしいの。ダメ出しでもいいの。私の作品がより良くなる、そういうのがほしいの」

「……それじゃあ、言わせてもらうけどさぁ」

 ノートを受け取って、パラパラとめくり、思いの丈をぶちまけた。

「まずトラックに轢かれて異世界転生がスタートするとか、食傷ぎみだし、そもそも漫画太郎かよ! そんでステータスが全部マックスでチートスキルで無双とか、テンプレートすぎてがっかりだよ。そんでもって元クラスメートのやつらに復讐を誓う主人公に異世界の美女が軒並み惹かれていくのも説得力ないわ! そんでなに、現在知識を異世界の人に伝えて驚かれるシーン、こんなくそ簡単なこと知らないでよく異世界は秩序が保たれてたな!」

 勢いよく畳み掛けたら畳み掛けたら、戸部は目を丸くしてひっくり返った。

「ちょ、ちょっと待って」

 起き上がりこぶしのようにぐいっと上体を起こして彼女はメモ帳を取り出した。手にはいつの間にかシャーペンを持っている。

「ほかには!?」

「え、メモとるの?」

「貴重な読者の意見だもん。当然でしょ?」

 読者じゃねぇわ。


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