11 テセウスの船について
「アンパンマンって、頭と体どちらが本体なのかしら?」
「頭だろ」
「じゃあ、弾き出された古い頭にも自我が残ってるってこと? 地面に転がる残パンは新しい自分がバイキンマンを吹き飛ばすところを眺めるわけね」
「……こわっ」
「人間も同じよね。自分の体を縦に真っすぐ右脳と左脳の中心で分断した時、右半身と左半身、どちらがあなたになるのかしら」
「気分的に右かな。俺右利きだし」
「真剣に考えてよ。これは自己の同一性の問題よ。例えばこんな思考実験があるわ。クレタ島から帰還した英雄テセウスの船を、つぎはぎつぎはぎで修理していく。古い部品を新しい物に交換していく過程で、クレタ島から帰還したときの部品は全て無くなってしまった。その場合、この船はテセウスの船といえるのか?」
「……言えるだろ。老舗の鰻屋の秘伝のタレもな、何回も継ぎ足ししてると創業当時の分がなくなるそうだぜ」
「古い部品を集めたら、もう一隻、別の船が出来たとしても?」
「……二つともテセウスの船でいいじゃん」
「それじゃあ、答えになってないわよ」
「……」
「青村くん?」
「もう寝る……」
「えー、夜はこれからよ」




