婚約破棄されたので、なんとかしてみます!
「パトリシア、お前との婚約を破棄させてもらう」
目の前に立っているのは私の婚約者である見目麗しきミハイル王子。
深い青い瞳に怒りを込めて、私を睨んでらっしゃる。
その殿下の横には、震えながら私をみつめるマリア・バートン男爵令嬢。
二人の後ろには殿下の騎士と、宰相の息子もいて鋭い眼光でこちらをにらみつけている。
まあ、いわゆる殿下のお遊びの相手と、それの取り巻きであるゆかいな仲間だ。
「殿下、何のことをおっしゃってるのかしら? わたくしには全く見当がつきませんわ」
「白々しい。そうやってしらを切るのもここまでだ。マリア・バートン嬢に何をしたか、知らないとは言わせないぞ」
視線を向けると、彼女は、わざとらしく震える指先でそっと殿下の上着の袖をつまみ、潤んだ瞳で殿下をみつめている。
まったく、あざとい。あざといわ。こういう計算に、男ってコロッといっちゃうのよねえ。
もう、ミエミエなのに、男ってホント、バカなのかしら??
「君が学園で彼女にした嫌がらせの数々は全て聞いた。もはや言い逃れはできまい」
頭痛がしそうで、こめかみにそっと手を当てる。
「そうですの? で、わたくしがどんな嫌がらせをしたとおっしゃいますの?」
卒業パーティ会場の中央で向かい合うわたしと殿下。
音楽は鳴りやみ、周囲は息を詰めて、私たちをみつめている。
あーあ、裏でそっとやってくれれば良いのに、なんでこういう公の場でやるのかしら?
露出癖があるのかしら? それとも目立ちたがりなのかしら?
人目のないところなら、温情でそっともみ消して差し上げるのに。
「いい加減往生際が悪いぞ、パトリシア! お前がマリアに行ってきた嫌がらせ、いじめ、まさかまだ知られていないと思っているのか!」
「とぼけないでください! マリア嬢の持ち物を捨てたり、暴言を吐いたりするだけに飽き足らず、昨日は階段からマリア嬢を突き落としたそうじゃないですか!」と、宰相の息子。
「マリア嬢が婚約者であり、王子であるミハイル様と懇意にしているから、嫉妬したんだろう!」と、騎士どの。
ああ、なんか本格的に頭痛がしてきましたわ。
殿下のことを、つねづね、顔は良いけどアホの子だ。アホの子だ、と、思ってまいりましたが、ここまで、お間抜けさんだったとは……。
しまったわ。アホのほうがいいように扱いやすいと思ってアホを放置しすぎた!
殿下がアホなら、側近はちゃんとしっかりさんをつけて欲しいわ。今度、王様にお願いに上がりましょう。
「わたくしが、嫉妬なんてするなんてありえませんわ。むしろわたくしは、殿下のお遊びをほほえましく拝見しておりましたのよ。
殿下はお若いんですもの、女遊びの1つや2つなさって当然です。
マリア様がお気に召したのであれば、妾姫や側姫になされば、よろしいのです。なぜ、わたくしが嫌がらせ行う必要がありますの?」
殿下はわたくしから、嫉妬しないと言われるとは、思わなかったらしく、少々ぎょっとした顔をしている。
惚れられてると思ってらしたのね。うぬぼれやさんだわ。
「往生際が悪いぞ。罪を認めるならこの場は穏便にと、思ったが。ならば俺も遠慮はしない。貴様の犯した罪を、全生徒及び来賓の方々にも聞かせようではないか」
こういう公の場で婚約破棄した地点で、すでに穏便になってませんから。
「どうぞ殿下。それで? 何をしたとおっしゃるのです?」
廊下を歩いていたマリアに水をかけた。
マリアの悪評をながした。
教室の机の教科書を切り裂いた。
マリアの大切なブローチを、叩き壊した。
階段から突き落とした。
子供かっ。
婚約者のある男性を取り巻きにしてたら、悪評がながれるつーの。
アホの子たちだから、優しく対応しようと思ってましたが、あまりのアホっぶりに少々イライラしてきましたわ。
肩を落として、ふうっと、ため息をつくと、冷たい目で殿下と取り巻き達を見渡した。
「公爵令嬢であるわたくしを見くびってらっしゃるようですわね?
わたくしが、そんな子供じみた嫌がらせすると、本当に信じてらっしゃいますの?
公爵家が、本当に、男爵家の令嬢如き排除としようとたら、どうなるか分ってらっしゃいます?
水なんかかけませんわ。教科書など破って何が楽しいのですの?」
マリア様と取り巻きに冷たい視線を向けながら、扇で口元を隠す。
マリア様は、元が市井の出だから、貴族の常識がおありでないのかしら?
「 マリア様、トリカブトってご存知? 山に生える青くってきれいな花が咲く植物よ。
根や茎に毒があるんですって。ヒグマでも死んじゃうらしいわ。
死因は心停止らしいから、病死と区別がつかないらしいわね。
それから、ヒ素も、コレラと症状が似てるから、区別がつかないですって。
ヒ素って飲ませなくても、壁紙の裏にヒ素を塗っておくだけで、徐々に弱って、肌がボロボロになり、四肢にしびれが出て、ついには亡くなるそうよ。
毒って、食べ物だけじゃなくて、経皮毒もあるそうだから、怖いですわ。
もちろん、寝室にそっと、サソリや蛇、毒カエル、蜂が入ることもあるわよねえ。
カエンタケ、ツキヨタケって、ご存知? 料理にちょっと混ぜるだけでいいそうよ。
カビ毒っていうもあるわ。これから、湿気が多くなるから心配よねえ?
可憐なスズランも水仙も毒があるんですって。
心配なのは、毒だけじゃないわ。馬車が暴走したり、崖崩れが起きたり、バルコニーの手すりが腐ってたり、シャンデリアのねじが緩んでたり、危険はあちこちに潜んでるわね。
政治的に男爵家が没落したり、経済的に破滅したり、世の中何が起るかわかりませんわね?
怖いわ。
公爵家が、本気で排除しようと考えたら、もちろん、何の証拠も残しませんし、気づかれることもありませんのよ。市井の嫌がらせと、わたくしのような貴族の住む世界は、違うのです。
マリア様が、今そこに健やかにいらしてることが、わたくしが手を出してない証拠ですわ。」
そういって私は、にっこりと笑って差し上げた。
子供じみた嫌がらせをすると思われたなんて、心外ですわ。
殿下と取り巻きの方々は、顔面蒼白。マリア様に至っては、演技でなくガタガタと震えている。
こんなアホでも我が国唯一の皇太子だし、国が乱れるのも困りますから、しょうがいないから、どうにか話をまとめてさしあげますわ。貸しいちですわよ。
「うふふ、こんな勘違い殿下がなさる訳ありませんわね。
あ! わかりましたわ! これって、殿下お戯れですわね? 殿下御自ら、パーティの余興なんて、
わたくし、すっかり乗せられてしまいましたわ」
殿下に、<< いいから、話を合わせろ!! >> と、目配せする。
殿下はコクコクうなづくと、
「うむ。卒業パーティを盛り上げようと思ったのだが、少々悪ふざけが過ぎたかな。皆のもの余興は終わりだ。パーティを続けよ! 」
宰相の息子が、オーケストラに音楽を再開せよと指示を出す。
音楽が流れ初め、張り詰めた空気がゆるみ、ざわめきがもどった。
「まあ、殿下ったら、ご冗談がお好きなんですから」「びっくりしました」「本気かとおもったぜ」
もちろん、「あれ、本気でしたわよね?」「返りうちでしたわね?」というヒソヒソ声もある。
殿下と、ファーストダンスを踊ろうと会場の中央に進み出る。
この場で一番身分の高い皇太子殿下が最初にダンスを始めないと、皆ダンスを踊れないのだ。
「殿下、明日、お時間をくださいませね?」
仲睦まじくステップを踏みつつ、そっと殿下の耳元に優しくささやく。
殿下の肩が、ビックと揺れる。
明日、しっかり締めさせていただきますわ。
帰ったら、今日のことをお父様、お兄様にご報告して今後の方針を決めないと。
殿下の側近は、有能な方々をピックアップしましょう。
それから、影に、これまで以上に、マリア様の保護も強化の指示をだそう、何かあったら、全部わたくしのせいにされそうだし。
貴族各家の動向も押さえないといけないし、忙しくなりそうだわ。
だいたい皇太子の婚約者なんて、外交状況や政治状況で変わるものだから、深入りせずに儀礼的なつきあいにとどめていたのが、いけなかったのかしら?
殿下は皇太子の婚約の意味を理解してらっしゃらなかったみたい。もっとかまってほしかったのかしら?
マリア様も、殿下が目を止められた時点で、別の勢力に利用されても困るから、保護対象に指定してたのに、ありもしない嫌がらせをを、わたくしにされたと殿下に奏上するなんて、わたくしもなめられたものね。
そもそも、卒業したら自由のない殿下なのだからと、お遊びをほほえましく見逃して差し上げてたのが、甘かったのね。
これから、ビシビシ行きますわよ。
殿下の頬にそっと手を添えて、
「覚悟してくださいませね?」と、にっこりほほえむと、
面白いくらいに、殿下の目が泳いだ。
実際に、王子の婚約者が敵認定するなら、子供じゃないから、水をかけたり、服や本や物を壊したり、
階段から自分が突き落としたりしないよなあと。
やるなら、あっさり、証拠も残さず暗殺とか、ですよね? と、思って書いてみました。
お楽しみいただけたら、幸いです。