27話 半身
――体が重い。
瞼が重い。怠くて、手足なんか動かせたもんじゃない。
だというのに、頭だけは働いている。何だこれ?心霊体験かなにかか?
不意に、声が響いた。
『――巧様』
その声で思い浮かぶ姿は、水色の髪に小麦色の焼けた肌。ここ最近、目覚めて最初に目にするのはたいてい彼女の笑顔だ。黒い霧を払うように、体から徐々に重さが消えていく。
「……アーティ。なんかいつも、お前に起こされてる気がするな」
ようやく出せるようになった細い声で、俺は彼女に応える。
うっすらと視界が開けていき、彼女の美貌が目に映った。
……そういえば、アーティは俺のことを『巧様』だなんて呼んでたっけ?
目に映る彼女の顔は無表情で。それでいて無機質にこう返した。
『私は、アーティヒュールではありません。主である巧様の、魔法界におけるジョブの演算補助をしている者でございます』
――ぞわっ、とした。
知っている顔が、知らない態度と表情で喋る。体験して初めて分かる、その気持ち悪さ。
俺は、どうしようもない嫌悪感に襲われた。
「……その演算補助をしている者とやらが、なんでアーティの体を使ってる?」
不味いな、敵対したい訳じゃないんだが、どうしたって言葉が険しくなる。
開けた視界であたりを見回せば、アーティと俺以外の皆がソファーと椅子で寝息を立てていた。
時計は丁度11時。俺たちが魔法界に飛び込んだのが、地球の日本時間で9時だったから、2時間ほど経過したようだ。
といっても、魔法界では地球での1時間が15時間相当なので、30時間は魔法界で潜っていたことになる。
戦闘に熱中していたせいか、かなりの時間がたってしまっているようだ。
感覚では、さっきまで魔法界で死闘を繰り広げていたはずなのに、突然こちらで目覚めているし、なにやら状況が読めない。
『アーティヒュールは、『管理者』のジョブへのアクセス権限を持ちません。そのため、演算担当の私が説明するために体を借りているに過ぎないのです。……本来、"ジョブ"とはすべて巧様がうまく『アナザ・ワールド』に付与された権能をお使いいただくための"補助機能"に過ぎません』
アーティの顔をした何かは、無表情のまま続ける。
後半言っていることがいまいちよく分からないが、アーティにとって『管理者』というジョブは把握できていなかったジョブだ、という理解でいいだろう。
アーティが説明できないから、代わりにこいつが体を借りて俺の前に出てきたということか。
「お前がアーティの体で喋ってる理由は分かったよ。でも、『"ジョブ"が俺の為にある』ってところがよくわからない。ナタリーやミカだって、ジョブを使っているし」
『巧様が、そう望まれたからです。"皆で楽しくゲームがしたい"、ナタリー様、ミカ様と打ち解けられてから巧様は強くそう願われました。また、"ナタリーを元居た世界に返したやりたい"そう願ってもおられます』
……まてコラ、こんなの前にもあったぞ!?
確かアーティに心を覗かれたり、心拍数を図られたり……。
なんか、納得がいってしまった。元凶はコイツなのだろう。
多分だけど、心読んだり心拍数図ってた張本人はコイツで、アーティはそれを読み取っていたのだ。
いや、読み取る方も読み取る方だけども……図る方も悪いだろ?
「おい!! 人の心を勝手に覗くなよ!!」
俺が凄むと、彼女は無表情で返す。
『あなたは、全ての世界の管理するべきお方』
さも、当たり前の如く彼女は言う。
てか、俺の話聞け、流すな。
「ちょ、おま――」
『すでに『アップデート』により、"世界の柱"の権能は統合されました』
え、何?俺が空気読んで黙らないといけないの?
そんな大事な場面か?皆幸せそうに寝息を立ててる中でしないといけないのこの話?
あ、今ナタリーが「んにゅ……」って言ったぞ。
『――ジョブ:管理者の獲得により、巧様は、『アナザ・ワールド』を有効に扱えるはず』
ダメだ、聞いちゃいねぇ。
……ええと、俺が世界を管理しないといけなくて、そのためには『管理者』のジョブで『アナザ・ワールド』を使う必要がある、ね。
『アナザ・ワールド』をどう使うのかって言う疑問はある。まず"使う"ってのがピンと来ない。
思い浮かぶのは、世界全体の情勢などを俯瞰で見れて、戦争を仕掛けたりするストラテジーゲーム。
ゲーム感覚で、自然災害やらなんやらを、人為的もとい神為的に発生させることができたりすれば「世界の管理してます!」と言ってもいい気がする。
『……全ては、巧様の御心のままに。世界の管理者は、あなたにございます』
心を読まれたのか、アーティもどきが俺に言った。
心を読めるから、会話というか話がつながってしまう。心の声に相槌を打たれてる感じだ。ことコイツとの会話に限って言えば、俺も心が読めないとフェアじゃないだろ……。
突如、目の前のアーティもどきが声を上げる。
『――ピローン♪ ジョブ:『読心』を作成しました! 自動有効化しました!』
――お前が言うのかよ、それ!!
――巧様の為にジョブを作ったのです。
そう『心』で返した彼女は、ちょっとはにかんでいる様に感じられた。
***
とりあえず、分かったこと。『アナザ・ワールド』内では、ログというものが視界下部に表示されていた。やれレベルアップしただの、ジョブを獲得しただの文章で報告してくるやつだ。
あれはアーティが表示させていたわけではなくて、その半身である目の前のコイツがやっていたものらしい。
つまり、だ。『アナザ・ワールド』の一部であるアーティでさえも、自分の力を把握できていなかったという訳か。ジョブの作成自体は、アーティもできるらしいのだが、その際に、作成の為の演算を目の前のコイツに委託するらしい。
結局、アーティがやろうとした演算を必要とする行為は、コイツを通されて行われているらしい。
なんか、不思議な話だな。俺には、考えることと感情を持つことはおんなじに思える。
思考と演算って、切って切り離せるものじゃないと思うんだ。
1+1=2って演算するのと、1+1って何だろう?って考えるのは、同じじゃなければならないと思う。
なんだろう?って問が無ければ、答えって出ないだろう。
……不味い、頭がごちゃってきたぞ?
『それを考え続けるのが、私の半身、アーティヒュールの命題でございます。人間はそれを、哲学と呼ぶらしいです』
相も変わらず無機質に、彼女はそう返す。
無機質は無機質だけど、何か――
「ああ、そっか」
さっき、俺は『読心』を彼女に使った。それで帰ってきたのは、間違いなく、彼女の『心』の声。それこそ、彼女に心があるという証左。
「思考のアーティも、演算のお前も、心を持ったんだな」
差し詰め、演算という高度な能力を持ったコイツは、優秀なアーティの妹?みたいなものか。
もういい加減、『コイツ』とか『お前』とかめんどくさい。
――お前さ、名前ないの?
俺は、心の中でそう問いかけた。
『……以前、思考と演算がまだ統合されていた頃です。私は、思考の方に名前を付けました。名前は、他方が他方を判別可能であればよいと、思いつきで付けたものだったと記録されています』
ないのね……。
アーティには付けたけど、自分には付けなかったと。以前の『私』と言っているが、自我の混濁というか、過去の自分と今の自分が混ざってるような感じを受けるな。
多分それは、今も昔も、名前が無いからだろう。
誰からも、認知されなかった、もう一人の『アナザ・ワールド』。
なんか、なあ。なんでそんな、孤独でいたがるのか。
『ジョブ:管理者について、詳しいことは魔法界で巧様がご使用なされたときにログで説明させていただきます。……アーティヒュールによって、私の演算領域へアクセスがありました。現在他の皆様の魂が、ここに転送されておりますので、私はこの体を彼女に明け渡します』
――なあ、次会う時までに、名前考えとくからな。
『……』
アーティの体から、力が抜けた。
……無言は、肯定するのと同じなんだぞ?演算の『アナザ・ワールド』。
徐々に覚醒していく仲間たちを横目に見ながら、俺はそんなことを考えていた。
長々と書きましたが、思考の『アナザ・ワールド』も演算のも同様に心を持てたというだけのお話です。
巧の願いを正確に理解するためには、心が要るのです。よって『アナザ・ワールド』は、心を持たねばならなかった。
巧と直接対話するアーティにはもちろんの事、巧の意思に応じて、『アップデート』を行う演算機能も、心を必要としてましたよということです。
『アップデート』はアーティが仮想の体を創ったのもそうですが、演算がジョブを作るのも『アップデート』に当たります。巧の願いや意思に応じて、絶えず『アナザ・ワールド』は更新されているのです。
分かりづらかったら申し訳ございません…!




