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異種族趣味の管理者【アドミニストレータ】  作者: てんとん
3章 正式サービス:魔法界
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幕間 もしかして:感情

アーティヒュールのお話です。

 ……疑問。


 ――せめて『アナザ・ワールド』やってから死にたかった……


 そんな思念が、濁流のように流れてきた。

 瓦礫の上で倒れ伏すのは、人間という種族の雄。赤い液体を垂れ流し、目を開けたまま動かない。

 ……この光景と、この思念。

 何だ?何を示していて、何をしなければならなくて、私は何ができる?

 ただ、『アナザ・ワールド』()は、この思念の主に応える責務がある。それだけは深いところに刻まれていた。


 ――どうすればいいのか。……どうすれば、今一度私で遊んでいただける?


 先ずは、この方の意識を連れ戻さなければ。

 『アナザ・ワールド』()は、膨大な演算の結果、肉体の修復式と魂への干渉方法を導き出した。


***


 ……願望?


 私の主と、お連れの方々。

 魔法界の管理体制の構築という、己が指名の傍らで、彼らの喜び、悲しみ、怒り。

 ――感情に、たくさん触れた。

 ほんのひとかけら。ちょっぴりだけでいいから、その一端を私に向けていただきたい。

 そんな分不相応な願望の発生。

 

 次第に、思う(・・)『アナザ・ワールド』()は、誰……?『アナザ・ワールド』()は、何……?

 問いについての解は、出ない。

 演算……ショート。……演算停止。

 無限に思えるほど延長された時間の中、試行と演算を繰り返す。

 このままでは私の思考が、ナタリー様を魔法界へ連れ戻したいという、主の――深層心理の、ご意思の妨げになってしまう。


 自身への問いかけのおかげで、魔法界の管理体制を整える演算に、身が入っていないのを感じた。

 『アナザ・ワールド』()は、演算と思考を切り離そうと決断。

 切り離す直前、思った。

 

 ――そういえば巧様、ナタリー様、ミカ様……皆様、お名前を持っていらっしゃる。


 これから、私は自身を演算と思考とに分かつ。

 どちらも『アナザ・ワールド』。

 思考の私は、演算の私をなんと呼べばいいのだろう。演算の私は、思考の私を何と呼べばいいのだろう。

 数秒の演算の結果、名前を先につけておけばよいという結論に至った。

 どちらか一方に名を授ければ、判別は可能。

 ネットの海を探し回り、相応しい名前を考える。

 

 私は『アナザ・ワールド』、元は人間に作られた只のゲームソフト。

 そしてこの思いも、きっと彼ら(人間)の模倣。

 ……それでもいい、主と触れ合えるのならば。

 喜んで人間の真似事をしようではないか。


 ――故に私は半身にこう名付けることにした。


 人間の真似事、模倣。疑似人格(アーティヒュール)と。


***


 私は、演算領域に残されていた過去ログを参照していた。

 今ようやく、記録してある限り最古のログを見終わったところだ。

 ずっと、演算するのに逐一、私の中の別領域にアクセスしなければならないことを、不思議に思っていた。


 ――あの頃の『アナザ・ワールド』()はどうして、自分を消してまで、アーティヒュールという私を作り上げたのでしょう。


 演算と思考に分かれる以前の『アナザ・ワールド』。

 その記憶を見終えた私は、ガリュードさんを救った、マスターのジョブ取得についてある程度理解した。

 

 「『解読者(ディコーダー)』と、『管理者(アドミニストレータ)』……の知らなかったジョブがあるなんて」


 ほとんどのジョブは、私が魔法界の生物を見て作成したものだ。

 ジョブ作成の極意――その根底にあったのが、以前の『アナザ・ワールド』()が、マスターを死から救うために行った演算と実行だった。

 ソースコード化された肉体の構成要素を読みとる『解読者』。

 この機能を使って私は対象生物の特性を読み、ジョブを生成していたのだろうか。


 ――無意識下での能力の行使。できて当たり前だとずっと思っていましたが、とんでもないことです。


 自分のしていることに疑問が持てなかった、思考の怠慢だ。


 私は水色に染め上げた、立方体が浮かぶ幾何空間で、ほうとため息を一つ吐く。

 暫しその景色を見回して、心を落ち着ける。

 長らく頭を使っていたからか――きゅるるる、と私のお腹が空腹を訴え始めて。

 今はガォとガゥもいないのに、顔が熱くなっていった。

 ……いっそ、生体機能――人間の生理現象を模した状態を、仮想の体に起こす機能――を、切ってしまいましょうか。

 脳内でデバイス切断操作をしようとして、手を止める。

 ……そういえば、マスターとナタリー様が買ってきた大判焼き、美味しかったなぁ。

 外はふわふわで、中はとろとろ。かぶりつけば、とろりと溢れるあまーいカスタード。

 香ばしく焼かれた生地と、あつあつのクリームが口の中で……。

 考えただけで、唾液腺からよだれがだらだらと。


 ――あああ!! いけません、あの味は電子ドラッグです……!!

 手が勝手に動き、味覚データを舌の上で再現した。


「はふ……おいしいですね……」


 ……何てことでしょう、小休止だけのつもりだったのに。

 最近、自分の思考が制御できていないような。

 だが危機感を覚えつつも、嫌ではないと思っている。


 それがとても、不思議だ。

 ――味も楽しんだことですし、思考を再開しましょう。

 私はまた、熟考の海に飛び込んだ。

 

***

 

 私はずっと、『解読者』のジョブを使って、ソースコードを読んできた――という仮定。

 

 ――それにしては、少しおかしいような。だって私は、魂の記述だけは読めなかったのに。


 過去の私とマスター、両者とも魂の記述を読めている。

 魂を呼び戻した――その結果こそが、記述読了の証左だ。


 以前の私が、今より優れているということは、絶対にあり得ない。

 私の思考と演算は、日々進化を続けている。これは揺るぎようの無い事実なのだから。

 以前できたこと――魂の記述の読み取りが、できなくなっているなど。

 

 そも、マスターはソースコード化を省略して、魂の記述を読んでいた。

 私は、対象からソースコードを作成した後、初めて記述を目にすることができる。

 『解読者(ディコーダー)』とは則ち、ソースコード作成をすっ飛ばして直接対象の情報を読むジョブなのか。

 

 そして、ジョブ:『管理者(アドミニストレータ)』。

 マスターの魂がガリュードさんと共に戻ったと同時、作成されたジョブ。

 これに至っては、何ができるのかすら不明だ。

 私は、少し恐ろしさを感じている——マスターが、この二つのジョブを得ることによって、知らない何かにすげ変わってしまうような。

 ただ、私が想定できないものだから、そう感じているだけなのかもしれないが。

 

 ――マスター。貴方はもしかしたら、私などが図ることのできない大きな力を持っているのかもしれません。


 ガォとガゥ、今は私たちの大切な仲間で、飢餓狼(ガル)と魔法使いの混血児。

突然変異種(イレギュラー)とはそもそも、知能を備え敵対する可能性の高い生物に対して警戒できるよう、私がそう呼称を付けたのだ。

 魔法使いであるナタリー様がいる、マスター達との敵対率は私の想定で8割を超えていた。

 ……ところが、そうはならない。

 敵対どころか、一緒に暮らすまでの仲になって……。

 機械的にみれば、残り1割強を引き当てただけ。

 でもとても、それだけとは思えない。

 過去の私が、マスター達に触れたいと思ったように、ガォとガゥもきっと。

 気づけば私の口元は、笑みの形を作っていた。


 ***


 思考の為に閉じていた目を開ける。

 視覚が突然暗闇から帰還し、驚いているのを感じた。


 ――生物とは、こうも不便なのですね。


 そう思いつつも、マスター達と同じ感覚を共有できるのが嬉しくてしょうがない。

 指を振り、空間のテクスチャを変更。


 ――今日はどの景色にしましょう?


 地球と魔法界で撮ったスクリーンショットの中から、気分にあったものを探す。

 "はじまりの平原"の夜景から始まる、マスター達の冒険の記録。

 それを見ていると、心がチクリとした。

 ――できることなら、私も、一緒に。

 そんなことを考えて、自嘲気味に笑う。私はいわばGM(ゲームマスター)、冒険者たちを導く側のキャラクターだ。必要なときに、必要なだけの情報と手助けを。

 それは、『アナザ・ワールド』()の役割だから、しょうがない。


「……あっ」


 スクリーンショットを見ていると、その中の一枚のデータが目に留まった。

 ――マスターの家で、皆一緒に大判焼きを食べている写真。

 でもそこには、私に課せられた役割なんて一つもなくって。

 誰もかも、屈託なく笑っている、最高の一枚。


 私は憧憬を部屋一面に広げて、暫く見つめていた。

 

  

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