3話 泣き崩れ→口説き落とし!?
「ナタリーで遊んでんじゃねぇぞです!?」
ベットの上で、非常口に駆け込む様なポーズで固まっているナタリーがそこにいた。パソコンの画面上には同じ格好をしたミニナタリーが映しだされている。
「スマンスマン、ちょっとした実験だ」
言いながら俺はナタリー.exeを最小化。直後、ナタリーを縛っていた拘束が解除された。
「わぷっ!?」
彼女はバランスを崩してベットに倒れ込む。
「タクムも魔法使いだったのですか……?」
伏せている彼女が顔だけを起こした。ジトーっとした半眼でこちらを見て言う。
「ナタリーの体をどうするつもりなのですか! この変態!」
ぐはっ……。誤解だって。
「落ち着け、話をしよう。俺は断じてロリコンではない! そして魔法使いでもない!」
「なんですか? ろりこんって?」
「……ええっと、少女趣味?」
「確かにタクムがそうだったらとっても気持ち悪いのです。でも今は関係ないですよ?」
ん?
「いや、お前の外見と喋り方と振る舞いはお子ちゃまだよ?」
「は? ナタリーはもう218歳なのですよ?」
「歳だけは一丁前だけどな。その他はロリっ子そのものだぞ?」
「なんですかそれ! お年寄りって言われたほうがまだましですよ!」
頬をぷくーっと膨らませている。いや、もうなんか狙ってるとしか思えない。ナタリーがロリしてる。
「それに、魔法でないんならどうやってナタリーのか、体を……」
得体のしれないものに操られている事実が気持ち悪いのか、彼女は体をよじった。
弁明と説明をするために、俺はPCを操作。
「えっとな、まずこれを開くだろ?」
彼女に見えるように画面を向けて、ナタリー.exeを可視化する。
「で、こうする」
マウスでミニナタリーの手を上に引っ張るようにドラックした。
「うわあっ!?」
ナタリーの手も、同時に何かに引っ張られるように上に上がった。
「こんな風にパソコンでお前の体を操作できるみたいだ。言っとくがこれがなんでか俺にも分らん。」
「いや、わからんって言われても……。こっちも勝手に動かされたら困るのです! それにタクムがナタリーに欲情なんかしたらしたい放題できるじゃないですか!!」
「しねぇよ!! ロリコンじゃねぇって言ってんだろ!?」
「はっ! どーだか! 男なんでみんな獣ってお母さん言ってたですよ?」
何を教えてるんだナタリーの母親よ……。
「とにかく、ナタリーを勝手に操作したりしないから安心してくれ。もしする時があってもちゃんと言うから」
「……わかったのです。その代わり、ぱそこん? とやらの使い方をナタリーにも教えるのです」
「え? なんで?」
「得体のしれないものに操られるのは御免なのです。何で操られてるのかを知っておけば、ある程度は我慢できるです。操られないための対策もできるかもです」
おお、理にかなっているな。子供の発想ではない……か。
「本当に見た目みたいな歳じゃないのな」
「そういってるじゃないですか」
「分かったよ、教えるよ」
*
「タクム、新しい植物が生まれたです!」
「おお、イートプラントか。そいつは虫とか食べてくれるから、育てたい植物と一緒に植えとくといいぞ」
「分かったです!」
「うわ、イノボーとかいう動物に穀物が食われてるのです……」
「さっきキャラ作ったろ? 退治しに行こうぜ」
「勝ったのです! これで畑の平和は守られた……!」
「やったな! 毛皮で装備作れるぞ」
「ふっふっふ、これでナタリーは無敵なのです!!」
「あ、魔法使いいるぞ?」
「ホントなのです。あ、こいつ!! あ、ちょ、飛び道具はずるいのです! あぁ……」
「うわ、えぐいな……。火の玉打ってきてるぞ、持続ダメージも入るのか」
「この、不意打ちとは魔法使いの風上にも置けないのです!! ナタリーの弓で殺してやるのです!!」
「おいナタリー! 上だって! 魔法使いは飛べるんだよ!」
「え? あ……」
「あー……」
「やられたのです……」
「まあ、装備品回収してリベンジするか。あの火の玉は厄介だから盾持って行ったがいいかも」
気づけば、パソコンを教えるという話がゲームをするという話にすり替わっていた。まあ、これもパソコンの操作っちゃあ操作だしな。そんなこんなで、俺ら二人は時間を忘れて『アナザ・ワールド』を楽しんだ。
*
「そろそろ寝るか」
気づけば12時だ。
「ええ、せっかく面白くなってきたのに……」
ナタリーが駄々っ子だ。
別に甘やかしたくなるほど可愛いと感じるわけではないが、ぷくっと膨れたほっぺが柔らかそう。
「明日は不動産屋行ったりお前の服買ったりで忙しいんだよ」
幸い貯金はある。半分は俺の金じゃなかったものだが。
「え、服です?」
「そ、服。この世界に魔法使いはいないからな。そんな世界で魔法使いの恰好してたら変な人だぞ? あとそういった服とか、恰好を架空のものに似せることをコスプレって言うんだ」
「とりあえず、先シャワー浴びてきてくれ。あ、あと寝間着は備え付けの浴衣で」
「しゃわー? ゆかた?」
「あー、えっと……」
シャワーの浴び方、浴衣の着方を教える。本当に何も知らないんだな。
「ふぁ……」
結局1時か。明日に備えてもう寝てしまおうかと考える。
ナタリーはゲームを楽しんでいたし、割と平気そうだ。寝具が変わると眠れないとかではなさそうだし、大丈夫だろう。
「さ、寝るぞ。明かりどうする? 完全に消すか?」
「…ちょっとつけておいてほしいです」
「了解」
思っていた以上に体は疲れていたらしく、すぐに眠りに落ちた。
*
ぐすっ……ひぐっ……。
…ん?何の音だ?
目を開けて、音源のほうを見る。
「……あ」
ナタリーが、泣いていた。…そりゃそうか。帰れるあてもないし、こっちに知り合いもいない。
理屈じゃないんだ、こういうのは。感情が勝手にあふれてくるもんだ。やっぱ強がってたのか、それとも心が今になって現実に追いついてきたのか。
「お母さん……お父さん……うあぁぁ……」
…。ああくそ、なんだよ。痛みを堪える様に体をかき抱き、消え入りそうな声で悲鳴を上げる、そんな彼女を見ていられない。泣き声さえ聞かれないように強がる、小さな背中を支えてやりたい。
そんなことを思うと同時に、俺は彼女に声をかけていた。
「おい! ナタリー!」
「びぇっ!? タ、タクム…? 起きてたのですか?」
「ちょっと外行くぞ!」
会話を遮って、近所の公園までやってきた。自販機で冷えたジュースを買って、渡してやる。
二人でベンチに腰掛けた。外は小雨がしとしとと降り、夜を照らす街頭の明かりが雨に反射して白くぼやけ、虫の合唱が耳朶を打った。
「……おいじいでず」
俺が開けたプルタブから、ずずずと音を立ててナタリーがジュースをすする。
――話をしよう。ちっちゃいけど歳を重ねてる、こいつが納得するような言葉でもって。俺は、こいつに折れてほしくない。何も知らないこの世界で色あせていってほしくない。
「……こういう時はな、一人でいると駄目なんだよ。世界に自分一人が取り残されちゃったように思えるんだ」
柄にもなく、俺は弱く降る雨のように、ぽつぽつと言葉を零す。
「だからこそ、誰かと話したり、一緒にいないといけないんだ。今ナタリーは一人だ。ほんとに、文字どうり」
話しながら、ちらと隣に腰掛けたナタリーの顔を伺った。長い睫毛が伏せられ、湿った銀髪が額に張り付いている。打ちのめされた様子の彼女は、視線を地面から動かさない。
「誰もお前を理解できないかもしれない、なぜって住んでいた世界が違うから。同じ地球にいても、分かり合える人なんてほんの僅かなんだから」
彼女の瞼が、閉じられる。さっきまでの子供らしい雰囲気はそこには無くて。諦念がその小さな美貌に浮かんでいた。
――不意に、俺は胸の奥が熱くなった。
「――でもさ、俺でよければ、分かり合う努力をさせてくれないか? 俺はきっと、お前の不幸に居合わせただけの人間だけど、この世界でお前のことをちゃんとわかってやれる唯一の人間だと思うんだ」
うつむいて話を聞いていたナタリーが、顔を上げた。
「……どうして、ですか?」
「うん?」
「どうしてタクムは、そこまでしてくれるんですか?」
「……俺な、両親が他界してんだよ。3年前だったんだけどな。車っていう乗り物があるんだけど、それで事故が起きて……。そん時、俺は一人だったんだ。周りも俺も働くところが決まってて、一緒にいてくれる余裕があるやつもいなかった。いつか一人になるとはわかってたんだけど、分かってるからってどうにもならなかったんだ。涙は止まらないし、何もやる気が起きなかった」
かあっとなった、胸の内。その熱さに任せて、俺は口を動かし続ける。心の反面では、昨日今日会ったばかりの奴に何が分かるんだと、知ったような口を聞くな、と。今、自分がしている行動を否定している。それでも、俺は――
「お前の気持ちが分かるとは口が裂けても言えない。きっと俺よりもお前のほうがもっと辛い。でもさ、なんだ、下向いて生きてほしくないんだよ。俺みたいに無為に毎日を過ごしてほしくないって思ったんだ」
「もし下向きそうになったら、横見てくれよ! きっと俺がいるから」
「……お前が前だけ見て歩けるようになるまで、支えさせてくれないか?」
俺が言い終わると、ナタリーは目を見開いた。
同時に唇を噛み締めて、何かをこらえた後、不器用に笑う。
「……タクム、何歳です?」
「うん? 今関係あるか?」
「いいから!」
「わ、分かったよ……。24歳だ」
「……まだ子供じゃないですか」
「お前らから見ればそうかもだけどな! こっちの世界ではもう大人なんだよ!」
「その歳で何人の女の子を口説いてきたのですか……?」
ナタリーが目を腫らして笑う。
「あのな、今のは口説きじゃなくて」
「分かってるですよ……」
「タクム? ナタリーはあなたのお家を壊した挙句、ご飯をごちそうになって、一緒に泊めてもらいもしました。正直言って、どうやって恩返しと償いをしていいのかわからないのです。――こんな魔女が一緒にいていいのですか?」
「……ああ。むしろここで離れて不幸になられでもしたら、俺ももっと辛い。いいことなしだ」
「ぐすっ……いいことなしですか」
「それは、しょうがないですね……」
「ほんとにほんとに、しょうがないので」
ナタリーは流れていた涙を手でこすって、
「――しょうがないから、一緒にいてあげるのですよ!!」
大輪の笑顔の花を咲かせた。
朝焼けが山の端から顔を出す。いつしか雨は止んでいた。
*
幼女口説いて何やってんだよ、俺は……。
そんな自己嫌悪が、心の内に芽生えてきた。隣にはもじもじとばつが悪そうにはにかむナタリーが。
「とりあえず、ホテル戻るか」
「はいです」
ナタリーの目の腫れが落ちついたので、公園から出る。なんか今の会話、ロリコンしてないか……?
バカなことを考えながらホテルへの帰り道を歩いていると、前から赤い長髪の女が来た。
浮きながら。
「おはようございます、タクムくん、ナタリーちゃん?」
「あ、はい、おはようございます」
「お、おはようなのです」
「突然ですが、ある条件を聞いてもらえれば、ナタリーちゃんをお家に返してあげますし、タクムくんの家を元通りにしましょう!!」
……いやいや、さっきの今だぞ?俺が一体どんな思いでナタリーを説得したと思ってんだ!?
俺たちは息を合わせて、
「「空気読めよ!!(むのです!!)」」
と吐き出した。