16話 可愛いのでお家に連れ帰りたい
すきっ腹に飢餓狼の肉をこれでもかと放り込んでいると、ガォとガゥがクルルと満足気に喉を鳴らした。――もう食べ終わったのか。
自分達の顔の周りを長い舌でぺろぺろと舐め、油を落としている。
先ほどから少々気になっていることがあるので、食休みがてら二人と話をしよう。俺は指でナタリーの方を指し示しながら、ガォとガゥに問いかける。
「このお姉ちゃんの名前は?」
パクパクと肉串を食べていた彼女は、俺に急に話を振られてけほけほと咳き込んだ。疑問を孕んだ視線をこちらに向けながらも、咀嚼は止めない心づもりらしい。強情である。
「がぉ、なたりー」
「がぅ、なたりー」
うん、きちんと名前を憶えているようだ。ナタリーが次の肉串に手を伸ばしながら、何だったのかとジト目で訴えてくる。
……すごいな、表情だけで何が言いたいのか伝わってくるぞ。
俺は次にミカを指さした。
「――この赤いのは?」
いつもからかってくるミカへの意趣返しとばかりに、俺は彼女をおざなりに形容する。
「がぉ、みか」
「がぅ、みか」
「正解」
ガォとガゥは覚えがいいな。俺だったら、初めてあった相手とか自己紹介されて名刺貰ってもすぐには思い出せない自信があるというのに。
「タクムくん、赤いのとは何さ!」
わざとらしく怒りの声を上げながらミカが俺に詰め寄ってくる。膨らんだ頬が柔らかそうだ。いつも彼女には揶揄われているので、
「いつものお返しだ」
と返しておく。次に俺はアーティを指さして質問する。
「この水色は?」
「がぉ、あーてぃ」
「がぅ、あーてぃ」
「ではマスターは黒いのですね!」
ミカを色で形容した流れで、アーティも彼女のイメージカラーで呼んでみたところ、アーティは俺の髪を見てそんなことを言う。
ガォとガゥは、ちゃんと皆のことを名前で呼んでいる。そう、俺以外は。
「……俺は?」
「「ご主人!」」
なぜか「ご主人」なのだ。
キラキラと目を輝かせて、ガォとガゥは俺のことをそう呼んでいる。
「いや、なんでや……」
「いーじゃないですか、慕われているのですよ?」
ナタリーが肉串を両手に持ちながら、諭してくる。
いや、慕われてるのは良いんだが、幼い男の子と女の子に「ご主人」と呼ばせるのはなんか、倫理的に不味い気がして。
「あはは、アーティちゃんに続いて2人の飼い主だね!」
「私はマスターに飼われているのですか?」
「いや、飼ってないが」
ミカがまた、おかしなことを言い始める。純真無垢なアーティはすぐ信じてしまうのだからやめてほしい。
そういえば、ガォとガゥも一緒に過ごす体で小屋を増築してしまった。
こいつらは自分の家もあるし、どうするんだろうか。今日泊ってくれるのなら、増設した意味もあるというものなんだが。
「ガォ、ガゥ。今日どうする? 俺らの小屋泊っていくか?」
「がぉ、いいの?」
「がぅ、いてもいいなら、一緒にいる」
良かった、ナタリー達の努力は無駄骨にならずに済みそうだ。
「うん、いいぞ。気が済むまで一緒にいてくれても」
何となく言った言葉だったのだが、ガォとガゥの心を打ったみたいで。じわり、と二人の目に涙が浮かんできた。
鍵尻尾が互いに絡まりながら、つつましげに振られている。
「……ああっ!? よ、よーしよし、泣かない泣かない!」
俺は慌てて、二人の頭を撫でて慰めにかかる。
感情が耳にも表れるらしく、普段はピンと立っている耳が、今はへにゃんと折れていた。
「「……」」
じっ、と涙を溜めた顔が二つ、俺を上目遣いで見つめる。
か、可愛いなちくしょう……。
「あれ、うらやましいです……」
ぽつり、とナタリーが何かつぶやいた。ぐすぐすと、ガォとガゥが鼻をすする音にかき消されて何を言っているのか分からなかったが。
「何か言ったか?」
「……!! 何でもないです」
俺がそうナタリーに問いかけると、彼女は焦ったようにこちらに向いていた目線を明後日の方向に向けた。
ナタリーはなんて言ったんだろうか?気になるな。
そんな俺の気持ちが伝わったのかは知らないが、ガォとガゥのぺたりと垂れた耳がピンと立ち上がり、ナタリーの方を向いてぴくぴく動いた。
「がぉ、なたりーが、」
「がぅ、うらやましいだって」
「へぇ! ナタリーちゃん、やってもらおうよ~。タクムくんによしよし~って!」
「あわああああ!!」
ガォとガゥが拾ってきたナタリーの爆弾を、ミカが盛大に点火した。ああ、今日も今日とてナタリーが狂う。
顔面ゆでだこナタリーちゃんの誕生だ。活きが良すぎて焼かれている間に暴れまわる。
毎回鎮めるのが俺なんだから、あまり狂わせないでほしい。
「マスター、マスター」
「うん?」
呼ばれたので目線をアーティに向ければ……何だ、その撫でやすい位置にある頭は?
俺ににじり寄ったアーティが、ひょいと頭を差し出してきていた。
「検索の結果、ペットは撫でられると喜ぶとありましたので!」
「どんな理屈だ!? アーティはペットじゃないだろ!?」
「では何でしょう?」
……出たぞ、質問攻めだ。それも回答をミスると、修羅場が発生する危険なヤツ。
『あなたは私にとって何!?』と聞かれてもな……。『アナザ・ワールド』は俺のpcにインストールされてて、所有者は俺。『アナザ・ワールド』=アーティ だから……。
……あれ?いやいや、ペットではない。
不味い、所有者としか。
「お、俺の所有物……?」
「!! はい、私はマスターの物です……」
俺とアーティがそんなやり取りをした瞬間、ピキリと空気が凍り付いたのを感じた。
目線を他の女性陣に向けてはいけない、と、俺の第六感がけたたましく警鐘を鳴らしている。
アーティはアーティで、赤らめた顔を隠すように、ずっと首を垂れ続けているし。撫でなければ、展開が進まないバグでも発生しているのか……?
俺は、震える手を、目の前の水色の頭に伸ばした。
掌中に使わってくる感触は、擬音で表すのなら、もふもふでなくさらさら。高価な絹糸のような手触りだ。ガォとガゥのそれとは違った感触だが、ずっと触っていたいと思えるのは変わらない。
……ポニーテールを解いて、その流麗な髪を手櫛にかけたら、どれだけいい感触なんだろうか。
そんなことを考えていたからか、彼女を撫でる手が無意識に頭頂部からうなじのあたりに移っていた。
「……んっ」
首筋が弱かったのか、アーティがぴくっと震えて、抑え気味の嬌声を上げる。
その声でハッと我に返った。全く……何をやっているんだ、俺は。
それにしても、ミカだけだと思っていたが、アーティが艶かしいなんて。
俺は、悪いことをしたと思い、アーティの頭に固定されていた視線を動かして顔を見る。
アーティは顔を上げ、潤んだ目で俺を見ていた。
苦しそうに胸のあたり衣服を片手でぎゅうと握り締め、
「マスター、私の心拍数が増加しました。なぜでしょうか?」
吐息を多めに含んだ声で、切なげに問いかけてくる。
……知らないよ!!お前は俺にどうしてほしいんだ!?
アーティにばかり注意を感けていると、ローブの裾が両側からクイクイッと引っ張られる。
下方を見ると、
「がぉ、ご主人、」
「がぅ、もっと撫でて」
物足りなそうな顔した二人がいた。
ああ、もうどうにでもしてくれ……。
*
ミカに続いて、「いらないのです!」と暴れていたが、いざ始めたらおとなしくなったナタリーを撫でたところで、事は収まった。
精神的に、ものすごく疲れた……。禿げるんじゃないだろうかってくらいだ。
『洗浄』の魔法でナタリーに体を綺麗にしてもらった後、小屋に入り、宝物庫から飢餓狼の毛皮のカーペットを出して敷く。
乾燥した草なんかがあれば、毛皮の中に入れて布団を作れそうだ。裁縫ができるジョブもあるだろうから、いずれ習得を目指そう。
「がぉ、ご主人、寝る」
「がぅ、ご主人、寝るよ」
「おお早いな、お休み」
ガォとガゥは眠たげに欠伸をしたあと、寝間着に着替えた俺の服をクイクイと引っ張った。
不服そうにジトーっと俺を見つめている。
「がぉ、違う」
「がぅ、一緒に寝る」
多分添い寝をしてほしいという要望だろうが、残念ながら俺に決定権は無いのだ。
「どこで寝るかは厳正なるじゃんけんで決まるんだよ。ドアの傍は肌寒いし、逆に奥は熱気がこもるからな、中央がおすすめスポットだぞ」
結果的にじゃんけんはガォとガゥが最初に勝利を収め、「「ご主人の隣ならどこでも」」と言い放った。
動体視力の問題だろうか?ガォとガゥはじゃんけんが強い様だ。
俺も今日は中央を勝ち取れた。ドアに近くなく、外気に晒されない分肌寒くならないだろう。
*
「なあアーティ、ガォとガゥ用のパジャマって出せないのか?」
見たところ、彼らの服はかなりボロボロになっていた。
所々が擦り切れたり、ほつれたりしている。
「ガォとガゥのソースコードがマスターのpc内に入っていないので、私では不可能です」
台詞の中の、私、というところに含みを持たせて言ったアーティ。多分ミカならどうにかできてしまうんだろう。
そう言えば、アーティはどうやらガォとガゥのことを様付け無しで呼ぶらしい。彼女の基準はよくわからんが、ペットがどうとか言ってたからな。
アーティの中で自分とガォとガゥは俺のペット扱いなのかもしれん。同じペットだから、様付けは無し、みたいな?
俺はアーティみたいに心を読めるわけではないので、それが真実かは知らないが。
「……ソースコードってそもそも何だ?」
最初に聞いておくべきことだったかもしれないな、これは。
所謂プログラミングで用いられる意味とは、違ってきそうだし。
「――その個体を形作るすべての要素をデータ化したものです。その構成、機能に至るまでのすべてを、神の権能を借りて記録します」
機能という表現が分かりづらいが、身体能力みたいなもだろう。ゲームでいうステータスみたいなものを想像すればいいだろうか?体力100、頭脳50、力10……みたいな。
さらにアーティは話を続ける。
「それを基に作ったのが皆様の体です。もちろんその仮想の体は、成長もすれば怪我もします。仮想といっても現実と何ら変わりません。……死亡に際するデータはまだ取れていませんし、そんな状況に陥ることがないことを祈ります、が一応復活は可能です」
仮想の体……多分俺のpcで動いていたナタリー.exeやミカ.exeがそれに当たるのか。
本来は『アナザ・ワールド』内で使われるべきデータだった……という訳だろう。
以前にナタリー.exe内のミニナタリーを動かしたらナタリーの体も一緒に動いたことがあった。
復活は可能、とアーティは言っているし、仮想の体に損害を受けると、実際の体にもフィードバックされるなんてことは無いと願いたいが。
「皆様の魂に関する記述だけは、私は読み取ることができないので、復活後にどのような支障があるのかわかりません」
肉体の損傷について思っていたら、これである。魂に傷が付いたりするのだろうか。
イメージ的には、魂に傷が付いたりしたら、植物人間になってしまうとか……肉体を動かすのは魂あってこそ、的な。
別に俺は、哲学でいう実体二元論者――物質的肉体と、自由意志をもつ精神(魂)があり、その両者は互いに作用する――みたいな考えを持っているわけではないのだが、アーティやミカの話を聞いている限りでは、魂というのものは存在するらしい。
「現段階で『アナザ・ワールド』にできることは、ソースコードを作成すること。ソースコードを読み込んで皆様の仮想の体を作ること。ソースコードのパラメータを変更して、仮想の体に変化を起こすこと。後は文字どうり、世界を管理することです。最後の一つに関しては、"アバウブモード"を使っていただければ分かると思います」
……アーティはいわば、ソースコードの編纂者的位置にいるのかな?データの収集、編集とか。それにしても、魂の記述が読めないのに、仮想の体が創れるものなんだろうか。
体だけなら可能、ってことかな?魂が宿るための肉体ならば、作成可能だと。
その考え方でいくと、俺ら生物の本体は、肉体でなく魂ということになるのか。
ソースコード……肉体情報を記録したものかぁ。俺には理解できる気がしないけど、読み方を教えてもらえないかな。何か、『アナザ・ワールド』の所持者として、知っておかなければならない気がする。
……それはそれとして、
「アーティ、ガォとガゥのソースコードを作れるか?」
「可能です……向こうに、マスターたちとともに行くのなら、ガォとガゥの仮想の体を作成する必要もありますか。そうなると、ミカ様やナタリー様の時と同様にアップデートが必要になりますから、皆様はいったん地球の体に戻ってもらう必要がありますね」
「うーん、じゃあ明日の朝一でできるか?」
「分かりました! ソースコードの作成準備を始めておきますね」
俺らとずっと一緒にいたいのなら、ガォとガゥも向こうに行けたほうがいいだろう。
俺らは、魔法界に仮装の体を創ってもらったが、ガォとガゥは地球に創ってもらうことになる。
「ソースコードを作ることで、何か体への弊害とかあるか?」
「無いように調整はしますが、ナタリー様のように転移時に酔うことがあります。魂をそのまま仮想の体に移したり、戻したりするときですね」
まあ、そのくらいなら大丈夫だろうか。酔い止めでナタリーは酔わなくなったし。
……酔い止めではさすがに、無理があるな。きっとアーティが気を利かせてナタリーの体を調整してくれたのだろう。
難しい話で、退屈させてしまったのだろうか。ガゥに至っては、俺の服を掴みながらうつらうつら船を漕いでいた。
「がぉ、ご主人、早く寝る」
「が……ぅ、……んぅ」
「ああすまん、寝るか。ナタリー、『光源』切ってくれるか?」
ガォとガゥの、両側から足に絡みつく鍵尻尾が少しくすぐったいな。
ミカとなにやら話していたナタリーが、こっちを振り向く。
「わかったです。皆、お休みです……ふぁ、ナタリーも疲れが限界なのです。」
「ワタシも寝るよ~……おやすみぃ」
ナタリーが眠たげに指をパチンと鳴らすと、明かりが消えた。窓の付いていない小屋では、光源は無い。暗闇と、皆の呼吸音だけが、浮かび上がってくる。
ナタリーとミカの方から聞こえて来た衣擦れの音に、俺も寝ようと目を閉じて頭を下ろすと、後頭部にやわこい感触が。
「マスター、おやすみなさい」
両手をガォとガゥの頭に置き、アーティに撫でられ、ミカとナタリーに囲まれながら、意識は優しい闇の中へ落ちて行った。
評価下さった方、ありがとうございました!
自分で楽しいと思える展開が表現できるように、これからも頑張ります!




