15話 モフモフの森案内人
四つの耳と、二つの鍵尻尾が不安そうに垂れ下がり、時折ぴくっと動く。
戦闘系ジョブを得た俺の目には、突然変異種の二人は危険に映っていた。
爪先に重心が乗り、奇襲に対応できる体勢。一見武装はしていない様に思えるが、研がれた爪は安物のナイフなど目ではない程に切れるだろう。
――構えろ。と、心の奥が警鐘を鳴らす。
俺は腰の剣帯に手が伸びそうになるのを堪え、頭を回して自身の警戒を散らすよう努めた。
――『可愛い!!』
先ほど俺らが異口同音に放った言葉。
……ケモミミと鍵尻尾を持つ二人を前にして、冷静さを失った発言をしてしまったな。
気を取り直して、きちんと話をしなければ。
「俺らは、ラージャルという香草を取りに来たんだ」
俺は、二人に一歩近づいて話しかける。
ゆっくり、警戒させないよう、敵対の意思がないことを示すように。
身長的にこのケモミミたちは子供だが、ナタリーはああ見えて218歳だった。
年齢如何に関わらず、無礼がないようにしなくては。
仕事でも、失敗を生かせない奴は無能の烙印を押されてしまうからな。
「がぉ、……それは僕らの縄張りにある」
「がぅ、荒らさないって、約束してくれるなら案内してもいい」
金色の二つの双眸が、俺を見据えた。
その喉が、声を震わす。
響いた声はどちらも、子供っぽいソプラノ。
声の高さの違いから、おそらく発言の前に「がぅ」と言った方が女の子、「がぉ」といった方は男の子か?
「がぉ、ガゥ、いいの?」
「がぅ、この人たち、武器を下ろしてる。攻撃するなら、もうしてる」
俺と俺の後ろにいる三人を指して、ガゥが言う。
どうやら、敵意がないと受け取ってもらえたようだ。
魔法界に来て初めての、会話ができる現地の生物。
仲良くしたいものだ。できればモフモフさせてほしい。
「……そうか、ありがとう。その香草使って料理を作ろうと思ってるんだけど、良かったら一緒にどうだ?」
俺がそう問いかけると、二人はぽかんと口を開けた。
……何か不味いことを言ってしまっただろうか?
数秒そのままで固まったと思ったら、彼らのシッポがすごい勢いでブンブンと振られ始める。
「……がぉ、お兄さんたち、怖くないの?」
「うん?」
おずおずと俺を見上げ、ガォが問いかける。
庇護欲がそそられる、とてもかわいい。全く怖くない、むしろかわいい。モフらせろ。
「がぅ、あたしたち、魔物、だよ?」
馬鹿げた思考を振り払い、言われた言葉の意味を考えた。
「種族が違うって言いたいのか? それなら俺も魔法使いじゃないぞ。それにな——」
俺は、背後を親指で指し示しながら言う。
指の先には、水色の部屋から転移してきたアーティも合わせて、三つの異なる種族の笑顔。
――仲良くしよう?
そう言わんばかりの無言の肯定が、そこにはあった。
「俺らは皆違う種族だからな! お前らが魔物だろうが魔法使いだろうが他の何かだろうが、どうでもいいのさ」
何故だか少し誇らしい気持ちになりながら、俺は彼らを仲間に誘う。
ガォとガゥは、その金の双眸を大きく見開いた。
「がぉ……」
「がぅ……」
ぽかんと間の抜けた表情を見せ、固まってしまうガォとガゥ。
――じんわりとあたたかな感情が、ゆっくりと彼らの心を満たし、溢れる。
二人は尻尾をブンブンと振ったまま、涙をポロポロとこぼし始めた。
「お、おい……泣かないでくれよ! どうしたんだよ……」
「タクムが子供を泣かしたです」
「な~にしてるのさ、タクムくん」
「マスター、ダメですよ!」
後ろの女性たちから、ジト目と非難が殺到。
まいったな……。何が原因となって二人が泣いているのか分からない。
とりあえず、ガォとガゥの背の高さまで屈んで頭を撫でてみる。
断じて、ただ彼らに触り、その感触を心行くまで楽しもうとか、そういったどす黒い打算ではなく、ただ純粋な、そう純粋な、泣いている人がいるなら抱きしめて悲しみを和らげてあげたいといった慈悲の心から――
うわ……もっふもふだ……。
「よ、よしよし……怖くないからな」
ぴょこんと生えた獣耳。
ふわふわと空気を孕んだ髪の毛と共に、手のひらでもふもふ、もふもふ。
俺らを怖がらなくていいといったニュアンスの発言に対して、ガォとガゥはふるふると首を振った。
「がぉ、うぅ……違う、嬉しくて」
「がぅ、優しくされたの、……ひぐっ、初めてだったから。」
――差別。そんな言葉が、浮かんだ。
二人は自分のことを魔物と言っていた。人間は些細な違いで差別をする生き物だ。肌の色一つで、争いが起きるほどに。
そうでない人が大半だと信じたい。だが、する人も確かにいるのだ。
俺だって意識してないだけで、やってきたのかもしれない。
だから、魔法使いもそうなんだなと、腑に落ちた。
まして、今泣いているガォとガゥは俺らから見て"突然変異種"と表記されるほど稀有な存在だ。
とてもつらい迫害を受けたのかもしれない。
――もしそうだとして、彼らの辛さを推し量ることなんて、到底無理な話だけれど、
「……そっか。お前らがどんなに辛い思いをしたかなんて、俺には分からない。だけど、もう大丈夫だ。少なくとも俺らは、お前らをのけ者にしたりしないから」
これからは違うんだぞと、声高に言ってやるよ。
「大丈夫なのですよ。ナタリーは悪い魔法使いじゃないのです」
「……ワタシは君等に敬意を払うよ。仲良くしようじゃないか」
「精神状態が不安定です。大丈夫でしょうか?」
皆でしゃがみ込んで――ナタリーは子供並みの身長のおかげでそのままだが――二人を囲んで声をかける。
ガォとガゥはそれを聞くと、俺に抱き着いて、今まで以上にわんわんと泣きじゃくった。
*
「がぉ、ここ」
亭々たる木々に圧倒されながらも、先導するガォとガゥ続いて歩いていく。
同じような景色を何回見ただろうか?ガォの声と共に、ようやく暗緑のカーテンが途切れ、俺たちを柔らかい青空が包み込む。
ここに来るまで、矢毒蜂は何度か襲ってきたが、飢餓狼は一切姿を見せなかった。正確にはミニマップに赤い光点――すなわち敵影――は映るのだが、接近してこないのだ。
原因として思い当たるのはガォとガゥか。
彼らが飢餓狼除けの様な役割を果たしてくれている。
言うなればガォとガゥは飢餓狼の上位種にでもあたるのだろうな。
ガォに続いて、彼らの敷地に足を踏み入れた。
視界を遮る木々の壁は消失し、代わりといった具合に、足の脛まである草が一帯に茂っている。
日が差さない木々の深い暗緑色と光に照らされた青草の対比が目に鮮明で。
閉じ込められていた檻の中から解き放たれたかのような、清々しい解放感が心に染みわたる。
まさに、自然の中の絶景だ。
「うおぉ……!」
「いい景色なのです……」
俺の感嘆の声に、ナタリーが賛同した。
アーティも含め、暫し景色に浸る。
「ガォくんとガゥちゃんはここに住んでるのかい?」
「がぅ、そう。寝るときは木の上」
ミカの問いに、ガゥが木の上を指さす。
そこには太い蔦で編んだ床下に、切断だけされて加工されていない丸太が乗せられていた。
日本に住んでいる俺からしたら、間違っても家とは呼べない代物。木の葉が風雨を凌ぐので、野ざらしよりはマシといったところだろう。
服の裾を引っ張られる感覚に、視線を下に向けると、ガォが「みてみて」と言わんばかりに尻尾を振り、足元に群生している草をちぎって見せた。
「がぉ、このラージャルが主食。たまに死んだ飢餓狼のお肉も食べる」
「うーん、健康に良くなさそうだ。おなか壊したりしないのか?」
草と肉のみの食生活か。
穀物が欲しいところだな。
「がぅ、大丈夫、あたしたち胃が強い」
俺の問いかけに、ガゥがそのふわふわの体毛に包まれたお腹をぽんと叩く。
彼らと話していて分かったことが一つ。
ガゥとガォは、かなりの教養を持っているようだ。
突然変異種という身の上で、大変なことだったのだろうなと、ぼんやりと思った。
ガゥとガゥによれば、ここら一体に生えている葉がラージャルらしいので、いくらか摘んで平原に持ち帰ることにする。
さて、香草が手に入ったので今日はもうちょい手の込んだ調理ができそうだ。
飢餓狼の肉は匂いで多分生食は無理だろうから、結局焼き肉になるだろうが。
ラージャルでどこまで風味が変わるか楽しみだ。
ちらと連れの方を窺うと、ナタリーとミカがラージャルの葉の匂いを嗅いであーだこーだ言っている横で、アーティは情報に匂いの記述を書き込んでいるらしい。真剣な顔で空中に指を走らせているな。
ちなみに俺も匂ってみたのだが、ミントのようなにおいを持っていた。
ふと思ったのだが、ガゥとガォはここでずっと暮らしてきた。
食料はラージャルと飢餓狼。
では飲料はなんだろう?
「なあガゥ、ここらで水があるところ知ってるか?」
「がぅ、森の中を流れる川がある。あたしたちはそこで水浴びをよくする」
そうだよな、水源がなければ、生物は生きていけないからな。
川であれば、魚とかもいそうだ。……川特有の魔物とかもいそうではあるが。
「そこにも案内してくれるか?」
「がぉ、分かった」
ガゥの隣にいたガォが答えた。
……兄妹だけあって息ぴったりだな。そんなことを思っていると、二つの手がおずおずと俺の前に伸びて来た。
ガゥとガォを見れば、ぱたぱたと尻尾を振りながらも、不安そうに俺を見つめている。
――ああもう、手ぐらい繋いでやるからそんな顔すんなよ。
少し強引に手を取ってやると、両手がぎゅっと握り返された。
ガゥに左手、ガォに右手を引っ張られ、俺は彼らと共に歩みだす。
*
深部のラージャル群生地から西に少し歩く。
歩いていくと、木の形が若干変わった。
これまで広葉樹の様態だったものが、マングローブの様な形へと。
相変わらず木のサイズはいささか大きすぎるが。
地面が若干湿っていて、ぬかるみに足を取られそうになる。
「がぅ、着いた」
森の中を、一筋の清流が流れていた。
木の葉の隙間から日光の筋が幾筋も差し込み、川の水面がそれを乱反射する。
その場所が、輝いているかのような、暖かな光の雨。
そして、川の水は底が見えるほどに澄んでいた。
あまり旅行とかに行かず、観光名所など回った経験が乏しい俺でも、こんな景色が見れるのならば、足繁く通うだろう。
そこまでの絶景。
俺らの来訪を祝福するかのように、水面が一層強く光を反射した。
清流のほとりまで近づき、覗き込む。
ささっと、川底に映る黒い影が俺を避けるように逃げ出した。
魚、居るみたいだな。
「水って宝物庫に入るですかね?」
「水を入れる容器があれば収容可能です!」
俺がそんなことを考えている中、視線を女性陣に向ければ、銀髪魔法幼女が持ち前の探求心を発揮している。
「がぉ、何してる?」
「がぅ、謎」
「うーん、冷たくて気持ちいいね~」
他方、ナタリーとアーティが宝物庫を開いて水を収納しようとしているのを、ガォとガゥが不思議そうな顔で見ていた。
ミカはマイペースにふわふわと川の上を浮遊して、時々水に足をつけて遊んでいるみたいだ。
彼女がぱしゃぱしゃと足を遊ばせ、飛沫が舞う。
すらりと伸びた白く長い脚に付着した水滴が、日の光を反射してキラキラと輝いた。
水と光で彩られたミカは、さながら妖精のようで。
「俺は釣竿になりそうな枝切ってくるから、皆で釣りをしようか?」
跳ねた心臓の鼓動を誤魔化そうと、強引に話を切り出す。
「がぅ、釣りって何?」
「魚を取るのに、木の枝と針と細い蔦や糸を使う行為だな」
反射する日の光が眩しいのか、ガゥが半眼で問いかけてきた。
釣りをしたことないのか、魔法界では釣りの概念がないのか。
魚という単語を出したときの反応から、どうやらガゥは魚を知っているので、食料として用いられているのは確かだろうと考える。
単純に彼らは魚が嫌いなのかもしれない。
「がぉ、魚取るなら、川に直接入って取ればいい」
ガォとガゥは、おもむろにその身に羽織っていた、ほつれたローブを脱ぎ始めた。
どうやら服を脱いで川に入るつもりらしい。
まさか手づかみで取るつもりなのか。暫く様子を見ていようとガォとガゥをさせたいようにさせていると、
――急に、視界が奪われた。
「タクム、ガゥの裸を見たらダメです!、女の子ですよ」
耳元でナタリーの上ずった声がする。……どうやら手で目隠しをされているようだ。
なんだ、こいつは俺がガゥの裸に劣情を抱くとでも思っているのか?
「流石に子供の体で興奮はしないぞ!」
流石に心外なので反論させていただこう。
「じ、じゃあ、ナタリーだったらどうです?」
直後、後悔した。……なんだその質問!?
よく考えろ、俺。
答え方を間違うと、両の目から光が奪われることになるかもしれない。
先ず、「ナタリーの体で興奮する」と答えたと仮定しよう。返ってくる言葉は?
――『……何言ってるですか? この変態は』
ダメだ、ナタリーの俺を見る目がゴミを見るときのそれになった。
次だ。「興奮?するわけないだろ」と答えよう。
――『そうですか、そんな腐った両目はいらないですね』
グシャっとな。……あれ、これ詰んでないか。
前者を選ぶと、ナタリーのロリボディで興奮する俺は、ガゥの体も興奮の対象になると言っているようなものだ。
後者は論外、失明。
「どうなのですか! タクム!」
残念、時間切れだ。
答えになっていない回答をして、曖昧にしてしまおう。
「……実際に見てないから、わからん」
「……ナタリーの裸が見たいのです? タクムは変態ですね」
「待て、理不尽が過ぎる」
結局、ガォとガゥが魚を取ってくるまで俺は目隠しをされ続けた。
途中、なぜか目隠しがミカとアーティに変わったのだが、どういった意味があるのかよくわからん。ミカ曰く「ナタリ-ちゃんだけずるいから」だそうだ。
ガォとガゥは、魚が嫌いだった様だ。
この魚たちは宝物庫に仕舞っておこう。
*
「俺は料理を作るから、皆は小屋の増築を頼む」
『伐採』と『釘打』を使って家のパーツを作った後、設計図をガォとガゥ以外に配り、作業に取り掛かってもらった。
8畳の小屋を、12畳程度に改築だ。床がいささか固いので、飢餓狼の毛皮をはぎ取って重ねてカーペット風にしてみた。
これで多少は寝やすいだろうと思う。
さて、建築のことは任せて料理に取り掛かろう。
料理人のジョブレベルが1だからか飢餓狼の肉を切り分けるのに苦労した。
無心で『伐採』で作った木の串に、分けた肉を刺していく。
深めの木の皿の中に水と、匂い消し用のラージャルの葉を細かく刻んだものを入れ、串ごと肉を浸した。
簡易かまどを作り、一旦ナタリーを呼び戻して火をつけてもらう。
本当に、魔法様々だ。串に刺さっている肉をかまどにくべて、焼き始めた。
ラージャル風味の水分を吸い込んだ飢餓狼の肉が、ぱちぱちと音を立て、肉汁という名の汗をかく。
……『調理師』のジョブが、最適な焼き上がりのタイミングを知らせた。
「おーい、できたぞー!!」
その声に、皆小走りで駆けよってくる。ミカとナタリーに負けない位、ガォとガゥも食い意地が張っていそうだ。
焼きあがった肉串を全員に配る。
その間に全員分の木のコップを出し、ナタリーに魔法で水を注いでもらった。
待っている間、お預けを喰らったペットのように、ガォとガゥがゴクリと喉を鳴らし続けるのを聞いて、アーティがふわりと微笑む。
やがて、準備は整った。
「昨日より食べやすいです!」
「うん、臭みがきえたね~!」
「マスター、標準以上の味です!」
味にうるさいナタリーとミカから合格が出たので良かったな。
アーティのは基準がよくわからんが、日本のを食べたら腰を抜かすんじゃないだろうか。
「がぉ、はぐはむ!!」
「がぅ、はむあむ!!」
ガォとガゥを見やれば、串ごと噛み切らん勢いでかぶりついている。
いや、がっつきすぎだろうよ。
そう思いつつも、俺の顔は笑顔になった。
「いくらでもあるから、ゆっくり食ってくれな」
笑って、俺も食べ始める。
一人きりの食事を思い出して、かなり賑やかになったものだと思った。
タクム lv4(up)
ジョブ:建築家lv6
サブジョブⅰ:調理師lv1
サブジョブⅱ:剣士lv2(new)
魔法:『浮遊』『伐採』『釘打』
戦技:『袈裟斬り』
装備:魔法使いの短杖 剣士の直剣
ナタリー lv5(up)
ジョブ:魔法使いlv7(up)
魔法:『浮遊』『風刃』『光矢』『光源』『水銃』『火柱』『土錘』『洗浄』
『二重詠唱』:魔力消費2倍、魔法の連続詠唱。
装備:魔法使いの長杖
ミカ lv4(up)
ジョブ:格闘家lv7(up)
魔法:『浮遊』
戦技:『範囲連撃』
装備:手甲
アーティ
機能:転移、検索
ガォ
魔法:『隠密』
ガゥ
魔法:『隠密』




