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異種族趣味の管理者【アドミニストレータ】  作者: てんとん
2章 開始:βテスト版
16/33

14話 突然変異種

ちょびっとシリアスあります

 "獣王の森(ガルドフォレスタ)"深部。広大な森林の中、ぽっかりと穴が開いたようにそこだけは樹木が伸びることはない。代わりにそこに居る住人の膝丈ほどもある香草、ラージャルが群生している。

 流れてくる風が、彼らの鼻に招かれざる来訪者の存在を告げた。灰色の毛並みを風に揺らし、その獣の金色の相貌で互いを見つめ、会話をする。それは確かな知性の証左しょうさだ。


「がぉ、やっぱり今日も来たみたいだ」

「がぅ、行ってみる?」


 "突然変異種(イレギュラー)"の兄妹、『アナザ・ワールド』内での彼らの種族名は"狼人(ウェアウルヴ)"魔法界でただ二人(・・)の狼だ。

 ガォとガゥ、魔法使いの母と魔物の父の血を継ぐ双子は過日の生活を思い起こし、表情に影を差した。


「がぉ、どうせ魔法使いは、僕らを受け入れない」

「がぅ、そうだよね……あたしたちは魔物だもんね」


「がぉ、でも僕らの住処を荒らされるのは、防がなきゃ」

「がぅ、そうだね」


「がぉ、行こう? ガゥ」

「がぅ、分かったよ、ガォ」


 どの世界でも、少数派は排される。それは、魔法界でも相違ない。

 毛深い体に、発達した八重歯と爪。獣の耳、極めつけに尻尾という異形。

 魔物との混血児を見た魔法使いが抱く感情は嫌悪であった。

 間違っても、同族だとは見られない。


 その嫌悪は、彼らに容赦なくぶつけられた。


『なぜ魔物が私たちの町に住んでいるのか!?』


 街を歩けば、陰口を叩かれて。

 ガォとガゥの発達した耳は、それを容易に拾ってしまう。

 目を合わせれば、獣の瞳孔が相手をおびえさせてしまうから、ずっと下を向いていた。

 声を上げれば、威嚇の咆哮と勘違いされるから、何も言えなかった。

 ただじっと耐えて、自分たちは無害なんだと体現し続けるしかなかった。


『暴走しないうちに殺したほうが良いだろう!!』


 魔法使いにとっての、一方的な正義感。

 差別対象への同情など、ひとかけらも持ち合わせない。


『君たちには近づくなって、お父さんとお母さんが言うんだ。ごめんね……』


 自分たちと同年代の魔法使いの子供は、何度か話してくれることがあった。

 その子たちは、ガォとガゥが言葉を話し、魔法使いの心を持つことを分かっていたように思う。

 皆と違うことをすれば、同族から疎まれてしまう。だから、仕方ないのだ。


『怖いよ!! 近づかないで!!』


 ——何もしていないのに。


 生まれてきたことに対する糾弾きゅうだん、存在否定であるその暴力は、彼らの心に抜けないとげを残す。

 母親が死んだのは、病気が直接の死因であったが、魔法使いからの非難に責があると、彼らは疑わない。

 彼らをかばうので、毎日傷を作っていたから。その心労が、病気を招いたのだと。


 魔法使いの母は言った。


 ——いい? ガォとガゥは、生き物を見た目で判断しちゃだめ。私が知性を持ったあなたたちの『お父さん』を見つけることができたように、あなたたちも偏見を持ってはいけないの。……あなたたちを理解してくれる者がきっといるわ——


 だが、こと魔法使いに関しては、生まれてこの方自分たちに友好であり続けた者を、自分たちの母以外に見たことがない。

 魔法使いは偏見を持つ種族で、自分たちの存在を決して認めてくれはしないのだと、いい加減理解した。

 母の言葉が虚言きょげんであるとは思わない。母こそが、その言葉の生き証人であったのだから。


 ガォとガゥは魔法使いの町を出て、遠く旅に出た。

 狼の身体能力と、魔法使いの知性。

 行く当てのない二人旅であったが、戦闘や食事において、さしたる苦労はなかった。

 彼らの耳は遥か遠くの音を感知し、鼻はわずかな異臭をも嗅ぎ取り、目は夜の闇を物ともしない。それに魔法が加われば、そこらの魔物など物の数ではない。

 勝てないと悟った魔物との戦闘は、徹底的に避けた。もう、何も失いたくなかったのだろう。


 彼らは2年の間さまよい、街を避け、この森にたどり着いた。偶然か、帰巣本能か。

 知性を持った"飢餓狼(ガル)"である父の故郷に。

 飢餓狼は彼らを仲間として認識した。彼らには襲ってこないどころか、飢餓狼は彼らを見ると地に体を伏せ、去っていく。

 魔法使いに認められず、知性を持たぬ魔物に認められる。

 ——ああ、自分たちは魔法使いじゃなくて、こっち(魔物)なんだと、そう理解した瞬間だった。


 狼人(ウェアウルヴ)の兄妹、ガォとガゥは森の深部から木々を伝って跳躍する。

 自分たちの住処を守るために、そして自分たちを認めてくれるかもしれないという、ほんの淡い、最早諦めつつある期待を抱いて。



 "獣王の森(ガルドフォレスタ)"の中部、昨日飢餓狼(ガル)の群れを倒したあたりからさらに北に進んだところで、俺たちは戦っていた。

 対するは矢毒蜂(トキシンホネット)飢餓狼(ガル)情報(ライブラリー)によると、矢毒蜂(トキシンホネット)は、子供の下半身ほどもある体長に、麻痺と出血の効果があるハイブリッド毒針を備えている。その強靭な顎でも攻撃をしてくる蜂型の魔物だ。


「ごめんタクムくん! 毒針掠っちゃった!」

「了解!! フォローに回る!!」


 ミカの連撃が止まり、その場に膝をついた。俺はナタリーと同じ位置からミカのいる前線へと走る。

 走りながら、メニューを操作して魔法使いの短杖(スタッフ)から、剣士の直剣へと換装した。遊撃手としての義務を全うしようと、ミカをかばうように前へ出る。直後、飢餓狼と矢毒蜂が眼前へと迫ってきた。

 ——怖っ!?


 飢餓狼が飛び出し、俺に噛みつかんと歯をむき出す。俺は、地面を走る相手に剣を当てる自信がないので、スパイクのついた靴でやけくそ気味の前蹴りを放った。

 どうやら目に当たったらしく、きゃいんと意外に可愛い声を上げて飢餓狼(ガル)が静止。


「ふっっ!!」


 相手の動きが止まったので、これが好機と剣を振り下ろしてみる。肉を裂く感覚とともに、飢餓狼の体に刀身が埋まり、固いものにぶつかって止まった。

 ——うえ……これ骨か!?

 剣の柄越しに指に伝わる感触に悪心を感じ、飢餓狼の体を蹴り付け、剣を抜く。


 ——ピロ~ン


 同時に聞き覚えのある音が鳴り響いた。視界右下を見ると、ログが更新されている。


 ジョブ:剣士(ソードマン) を獲得しました。 有効化(アクティベート)しますか?


 出てきたポップアップウィンドウのyesボタンを一瞬で押し、消す。

 視点を敵に戻せば、炭酸が抜ける様な音と共に、毒蜂が針を打ち出してきていた。

 戦闘系のジョブを得たからか、敵の攻撃が淡い軌道線となって視界上に映る。

 自分がどんな行動を取れば良いか考えるよりも早く、腕が自動で、矢のような毒針が描くであろう軌道上に、直剣の刀身を割り込ませた。


 骨に響く手ごたえと共に、毒針をはじくことに成功。

 矢毒蜂は、針を打ち出した後の硬直があるのか、空中でホバリングしている。

 ——好機だ。

 その光景を目に移した瞬間、今が攻めに転じる転機だと俺の感性が訴えた。

 地を蹴り、剣の射程範囲に敵を捉えんと走り出す。視界には剣士になって新たに入手した『戦技』が表示されていた。

 肉薄し、技名を叫ぶ。


「『袈裟斬り(ダイアゴナル)』!!」


 上段に構えた刀身が白い輝きを薄く纏い、振動した。

 靴で体に制動をごく軽く掛け、突進のエネルギーを、余すことなく剣を振るう腕に乗せる。

 ——次は剣が止まることの無いように。


 上段から斜め下に刀身が円軌道を描く。

 軌道上の蜂をかたどった怪物は、胴体を斜めに裂かれ、地に落ちた。

 初の剣での敵撃破。その余韻に浸る間もなく、後ろから声が飛ぶ。


「タクム!! 下がるです!!」


 沈黙を保っていたナタリーが、その銀髪を魔力で輝かせながら、手を掲げる。


「分かった!!」


 今だ毒が抜けきらないミカを抱え、迫りくる蜂と狼の群れから距離を取った。


「『火柱(ザラマンドピラー)』!!」

 

 一際強く彼女の体が銀色の輝きを放つ。

 その光は収斂し、世界にほんのちょっぴり奇跡を起こした。

 ナタリーの紡いだ詠唱が、火柱となって世界に顕現(けんげん)する。

 巻きあがる火焔の竜巻が、飛行という優位に胡坐(あぐら)をかく奴ばらを|嘲笑うかの如く暴威を振るった。


「まだ終わらないです!! 二重詠唱(ダブルスペル):『土錘(ノームズ・ハンマー)』!!」


 ナタリーは、先程魔法を放ったのとは逆の手を動かす。

 ——その手に握られた"魔法使いの長杖"を地面へと。

 魔法陣が地表に現れ、その効力を見せ始めた。

 小規模の地割れが発生し、土塊どかいが隆起。自ら意思を持つかの如く、無骨な土くれが浮かび上がる。

 ナタリーの杖が指し示すのは、火柱により拘束されている蜂と狼の頭上。

 巨体をのそのそと動かし、超重量のつちが今にも振り下ろされんと迫った。

 そして、その時はやってくる。


「砕けろ!!」


 ナタリーが、指揮棒を振り下ろす。


 ——長杖は、流星と相成った。


 火柱ごと押しつぶし、衝撃で土は砕け散る。

 離れていた俺とミカの前に焼けた土片が飛んできて、落ちた。

 あのまま巻き込まれていたと思うと、ぞっとする。


「すごいな、ナタリー!!」

「『二重詠唱』を使えるなんて夢みたいです! いつか使ってみたかったのですよ!」


 俺の心からの称賛に、ナタリーが弾んだ声で応じる。

 髪を翻して見せた笑顔が眩しい。


 ナタリーの種族は魔法使い。

 元から覚えていた魔法は使える上に、ジョブの効果で新たな魔法の習得と既存の魔法強化に至った様子。

 かなり彼女の力は底上げされたとみていいだろう。


「……ん。もう動けるみたいだね。ありがとね~タクムくん!」


 暫くナタリーに視線を注いでいると、俺の耳の近くでミカの声が。彼女を抱えたままだったのを失念していた。

 抱きしめていた手を放そうとすると、


「ん~♪ もうちょっと!」


 首に手を回され、より強く抱きしめられた。


「すりすり~♪」


 そのまますりすりと頬ずりされる。

 ……それにしてもミカの肌はすべすべだなあ。

 もしかしてこいつは、これをするためにわざと毒針を受けたのではないだろうか。

 ……自意識過剰が過ぎるかな?嫌われるとは思わないが、出会ってまだ数日だし。

 考えるのやめよ、なんというかこの打算的な思考が気持ち悪い。


「タクム! ミカ! まだ魔物は残ってるですよ!!」


 やや苛立ちを含んだナタリーの声にミニマップを見ると、複数の赤い光点が。

 ……どうやらまだ休ませてくれないようである。



 ガォとガゥは、屹立する樹木の上で、戦闘の様子を見ていた。

 彼らは『隠密(ハイド)』という魔法を覚えている。

 魔法というよりは、息を潜め標的をうかがう狼としての習性。

 魔力で存在を偽装することで、より潜伏の精度を向上させている。

 巧たちが使っているミニマップにも、その姿は映らなかった。


「がぉ、あの銀髪の魔法使い、やばい」

「がぅ、赤い髪のも、まともにやったら、負けそう」


 彼らは格闘家と魔法使いの戦闘力の高さを見抜いた。

 ——もしあの拳が、魔法が、自分たちへ向かったら?

 全身の毛が逆立ち、警鐘を鳴らす。

 それでもガォとガゥは、逃走を選択しなかった。

 ——あれほどの大魔法は、見たことが無い。それに、赤髪は魔法を一切使っていない。

 足を止めたのは、魔物としてではなく、魔法使いとして彼らに興味があったから。

 

「がぉ、あの黒い髪のは、よくわからない」

「がぅ、剣の動きが急に変わった。でも魔物相手に力を隠す必要、あるかな?」


 あまり強くないと見ていた雄の個体の動きが、急激に変化した。

 剣の素人から、百戦錬磨の勇将へ。

 踏み込みからの袈裟斬りは、流れるようだった。


「がぉ、ともかく、敵対は無理そう」

「がぅ、そうだね、夜なら一人はいけそうだけど、どっちにしろ無理」


 二人は互いを見つめ、頷きあう。

 ——敵対はしない。対話をしてみよう。

 問答無用で攻撃されようが、自分たちはこと逃げることに関しては自信があった。

 魔法使いの町から出た時がそうであったように。



「うん?」


 戦闘を終えた後、ミニマップを見ると黄色い光点が表示されていた。


『皆様、突然変異種(イレギュラー)です!!』


 森に来てから青い部屋へと転移したアーティから通話(ボイスチャット)が届く。

 俺含む全員光点が指し示すほうを向いて、各々の武器を構えた。

 亭々(ていてい)たる木々の影から、人型の存在が二つ、接近してくる。

 全長はナタリーより少し小さいくらい、全身を灰色の毛並みに覆われながらも、上にはローブを纏っている。……頭の上にはちょこんと乗った可愛い耳、毛におおわれた鍵尻尾。


 これは……ケ、ケモミミだ!!


 二人が俺らの前に並び、八重歯が生えた口を開く。


「がぉ、僕らは魔法使いサミュ・フランチャルダを母」

「がぅ、飢餓狼(ガル)が知性を得し者、ガリュードを父に持つ」

「ガォ・フランチャルダ」

「ガゥ・フランチャルダ」


「「この森に如何様か?」」


 俺らは、その問いから一拍置いて武器を下ろして、


「「「可愛い!!」」」


 と、的外れな回答を返した。


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