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異種族趣味の管理者【アドミニストレータ】  作者: てんとん
2章 開始:βテスト版
13/33

11話 飯は囲んで食うのが一番うまい

 俺は調理師(コック)lのジョブを有効化して、火入れの具合を見ていた。

 パチパチと燃える火の熱が、俺の体の水分を奪っていく。流れる汗のおかげで髪が肌に張り付き非常にうっとおしい。

 じっと肉を注視すると、何となくではあるが、まだ完全に火が通っていないような気が。

 なるほど、これがジョブの効果か。

 そんなことを考えていると、肉汁が皮の表面で一際激しくぴちっと跳ねた。


 ——あ、焼き上がりだ。


 自分でも驚くようなスピードで、火にくべられた肉串を取り上げていた。



 "飢餓狼(ガル)"の丸焼きができたので、味見をしよう。なんか"飢餓"という字面がうまそうではないが、果たしてどうだろうか。肉を切るために、魔法を使わなければ。……調理にしろ何にしろ、この世界では魔法は必須だな。

 例えば食べるときに際してだが、ジョブ:調理師(コック) の魔法の中に『分配(ディストリビュート)』というのがある。ちょうど人数分同じ量を取り分けることができるだけの残念魔法だが、食い意地の張っている魔法使いと神様は、文句を言いかねないので助かる。

 

 丸焼きの端のほうを『伐採(フェリング)』ですぱっと切り落とす。いささか魔法の用途を違えている気がするが、ナイフがないのでしょうがない。

 先刻ナタリーの『風刃(シルフブレイダ)』で飢餓狼(ガル)の死体の解体を試みたのだが、繊細な作業に向いている代物ではなかった。

 皮を剥ぐつもりで魔法を使ったナタリー。行使の後には、真っ二つに切断された死体が残され……。

 要は切れすぎなのだ。取り回しやすいナイフで剥ぎ取ればいいところを、日本刀を全力で振りかぶって一刀両断している感じ。どんな達人でも皮だけ剥ぐのは不可能に思える。

 何事も程度というものが大切だな。


「いただきまーす」


 飢餓狼(ガル)肉の切れ端を手づかみで口に運ぶ。筋のように硬くて咀嚼しにくい。二度三度噛み締めると、口の中に独特の風味と肉汁が広がった。……あー、安い牛肉だこれ。

 乳臭さが鼻につくが、まあ食べられないこともない。ミカとナタリーは腹が減ってるから大丈夫だろう。問題はアーティか。

 宝物庫(アイテムボックス)から木材を四つ取り出して、皿の形に切り出す。少々不格好ながらもお皿ができた。その後、『分配(ディストリビュート)』で肉を四人分に分ける。

 皿の上には、かぶりつけそうなほど大きな肉塊がどしっと乗っていた。……この大きさなら下手に箸とか作るよりも手づかみで食べたほうがいいな。


「おーい、できたぞー!! 小屋の組み立て置いといて飯にしようぜー!!」

「お、やったね!」「食べるのです!」


 手持ち無沙汰だったナタリー達には、木材を組み立てて即席の小屋を作ってもらっている。

 ジョブ:"建築家(アーキテクター)" の特性で、家の設計図を作れるので、メニュー画面で作成してナタリー達にも配布してある。紙に書くのではなく、視界内にウインドウが出てきてそれに書き込んでいく感じだ。次に、『釘打(ネイルスパイク)』という魔法で木材を固定。屋根や壁をパーツごとに作っていった。

 あとはそれを組み立てれば、即席小屋の完成という訳である。大きな家を作るのは一朝一夕ではできないので、今日のところは皆で小屋生活かな。

 この一連の動作で建築家(アーキテクター)のレベルが1上がった。


 皿に盛られた四人分の飢餓狼(ガル)焼きを見ながらメニュー画面を開き、アーティに通話を掛ける。


「おーい、アーティー!! 飯できたから一緒に食おう!?」


 電話がつながったときの環境音がしたので、うるさく主張してくる腹の虫を黙らせるが如き語勢で、アーティに話しかける。

 直後、頓狂な声と共にどたばたという音が。


「ひゃあ!?……すみません、皆様の服装の設計をしていました!! ご飯……ですか? 少々お待ちくださいね……」


 ——プツッと、つながりが断たれる音。


 ありゃ、通話が切れちゃった。お預けをくらってよだれを垂らすナタリーとミカと一緒に待つこと数分、俺の目の前の空間が歪んだ。


「お待たせしました!」

「「遅いよ(のです)!」」

「味覚エンジンを再現するのに手間取りまして……ご容赦ください!」


 どうやらアーティは、味覚を感じる器官を有していなかったようだ。

 この短時間でそれを再現することは、何か途方もないことに思えるけど。

 ……アーティって、本当に生物じゃないんだな。

 だがまあ、あまり関係のないことだろう。何せここには、俺の想像の埒外にいる奴らしかいないんだから。理解不能の存在が一つ増えたところで、何ら変わりない。


「うっしゃ、食べるか!!」


 アーティがどうかは知らんが、俺らはマジで腹が減っている。一刻も早く胃に物を入れなければ。


「「「「いただきます!!」」」」


 四人で円を組んで、草原の上に座りながら肉にかぶりつく。俺らはしばらく無言で口に肉を運びつづけた。



「味覚パラメータとしては平均程度をマークしていますね。"飢餓狼(ガル)"の情報(ライブラリー)に書き込んでおきます」


 この肉、この世界では平均の味なのか。日本での食事に慣れすぎていると、どうにも味気なく感じてしまう。もっと香辛料とか、添え物とか欲しい。


「なんか、微妙な味なのです」「クセつよいねー、食べるけど」


 ちびちび食べるアーティと、半分ほど肉を腹に収めたミカとナタリー。

 後者二人はもう少しつつましさを持ってくれ。

 ミカとナタリーが微妙と感じるのは地球、いや日本の料理がうますぎるだけだと思うが。


「うーん、香草(ハーブ)なんかがあると変わってくると思うんだけどな。匂い消しに使えるような葉はないのか?」

「魔法使いの家庭料理で使われる葉っぱがあるですよ。ラージャルというんですが。アーティ、どこでとれるか知ってるです?」


 ナタリーが思案する仕草を見せ、アーティに話題を振った。


「ええっと、検索しますね!……固有名:ラージャル は近場ですと"獣王の森(ガルドフォレスタ)"深部に群生地がありますね。補足ですか、最深部には"冠名(ネームド)"と呼ばれる、その地の名前の所以となるものがいます。通常の魔物とは一線を画す強さなので、ご注意を」


 なんか取りに行く前提で話が進んでいる。

 正直そんな強い魔物と戦いたくないんだけどな。

 ちらとミカの方を見るとウキウキした顔で、此方を見返してきた。

 先刻の飢餓狼(ガル)を嬉々として倒していた、あの笑顔がフラッシュバックした。

 ひぇっ……。


「……ちょっとレベル上げしてから行くべきか、明日は一日狩りかな~……」

「いいねいいね~、腕が鳴るよ!」


 まて、今気づいた。簡易かまどの火のあたり具合でよく見えなかったが、ミカの口回りと指先が油でテカテカと光り妙に艶かしい。


「うん? どうしたの、タクムくん?」


 ミカが自身の指先に付いた油を舌でチロリと舐めとりながら聞いてくる。とってもえっちだと思います!!


「いや、食べ終わった後何か油を落とせるもの用意しないとなって思ってな!?」

「マスター? 心拍数が著しく上昇していますが、大丈夫ですか?」


 不安げな顔のアーティが、俺に顔を寄せてきた。こいつは俺の心を読んだり心拍数を図ったり、プライバシーの侵害も甚だしいな。ほら、それを聞いたミカが目をぱちくりとさせている。


「……君は何に興奮してるのさ?」


 じとっと、口元の笑顔はそのままで半眼になったミカ。そのままの目で俺に近寄ってくる。


「誤解だって」

「う~ん?」


 ミカが俺の眼前で自分の指をもう一度、舐める。今度はゆっくりと、こちらを上目遣いで見つめながら。……これは、いかんね。


「どう? アーティちゃん?」

「心拍数、上昇しました」

「なぁるほどねぇ……? う~ん、雄って不思議だね。それともタクムくんだけなのかなぁ?」


 ミカがにやっとしてこちらに流し目を送ってくる。いや、俺だけじゃないと思います。男は皆その仕草がクリティカルヒットするんです。

 すると、


「タクムタクム、……ぺろっ」


 ナタリーが俺に近寄り、同じことをしてきた。いやいや、お前がやっても場が和むだけだろう。


「あとでちゃんと指拭こうな?」

「心拍数、下がりました」


 そんな俺とアーティのすげない対応に、ナタリーは頬いっぱいに空気を貯めて、


「土に還るのです!!」


 と吐き出す。直後、俺の頭に高速の箒が振り下ろされた。



「痛ってぇ……。HP減ったぞ……!」

「まあ、タクムくんが悪いよね~」

「もうナタリーは知らんのです!」

「マスター、HPは安静にしていたら自動回復しますから大丈夫ですよ!」


 騒ぎながら食事を楽しむ。なんか中学や高校で行ったキャンプを思い出す。

 そういった機会はもうないと思っていただけに、いいもんだ。


「タクム!! 聞いているのですか!? ナタリーは立派な大人なのです!! もうちょっと扱い方を考えてください!!」

「あ、そうだナタリー、喉乾かないか? ずっと水飲んでないし、肉食べてるから欲しいんだけど」

「話をそらさないでほしいです! ……と言いたいですが確かにカラカラです。タクム、木材でコップ作れるですか?」


 言われて俺は宝物庫(アイテムボックス)から木材を取り出し、コップ状に『伐採(フェリング)』を使ってカットする。不格好なコップが4つ出来上がった。

 地面に置かれたそれらに向かってナタリーが右手を掲げ、魔法を使う。


「『水銃(ドロップシュート)』 ……あ、加減ミスしたです」


 バシュッという音とともにコップ一杯分の水が圧縮開放された。

 圧縮された水は、コップを容易く破壊。抉り取られたコップの断片が、ころころと地面に転がった。


「お、おい、気を付けてくれよ?俺とかに当たるとたぶん一撃死だ」

「マスターのHPは加工された木材のものよりはるかに高いので、ダメージは受けますが死ぬことはないでしょう」


 アーティが補足を入れてくるが、怪しいものだ。

 ……生物以外にもHPがあることは知らなかったな。


「次はそ~っとやるです」


 先ほどと比べるといささか情けない水流が、都合三つのコップに流れ落ちる。

 水が器になみなみ満たされた。

 ナタリーはそれをこぼさないように、アーティとミカに手渡し、最後の一つを自分の前の草の絨毯にとんと置く。……あっれぇ?


「ナタリーさん、ナタリーさん……俺のは?」

「ナタリーは知らんです」


 ぷいっと俺の方から目線を逸らしてナタリーが言う。その声にはもはや隠しさえしない棘が。

 ひどい仕打ちだ……!!絶対故意にコップを壊したろ。

 素知らぬ顔で、皆ごくごくと水を飲む。

 ああ……俺もナタリー水飲みたい……。


「ごめんってナタリー! 水をくださいお願いします。干からびるから!」


 俺がそう言うと、冷ややかな視線でナタリーが振り向いた。


「……誠意をみせてほしいのですよ?」


 彼女がにこっと微笑む。

 なんだ?極道でいうところの小指エンコをつめろってことか?ケジメつけろってか?


「具体的には……?」

「それぐらいタクムが考えるです」


 良かった、小指は無事みたいだ。……うーん、ナタリーがされたいことといえば、"女の子扱い"だろう。

 女の子にしてあげて喜ぶこと……ね。プレゼントぐらいしか思い浮かばないが。


「明日、向こう(地球)で俺といろいろお店を回ろう。ナタリーが着けてて似合いそうなアクセサリーを俺が選ぶよ」


 発言後の数秒間、ナタリーは目をぱちくりさせて固まった。

 暫くそうしていたかと思ったら、彼女にしては珍しくぼそぼそと喋りだす。


「わ、分かったのです……」


 そのまま顔を真っ赤にして、うつむいてしまった。

 無言のまま、自分のコップに水を注いで俺に手渡してくる。

 な、なんだ……?なんか不味かっただろうか?

 変な冷や汗が俺の背筋を流れる。


「ふう、やっと飲めるな。……ん?」


 

 気づくと、ミカとアーティが俺とナタリーをじっと見ていた。


「いやあ、どっちもやるねぇと思って」

「両者の心拍数増加を確認しています」


 そんなこんなで、ちょっと変な空気になりながらも食事を終えた。



 "獣王の森(ガルドフォレスタ)" 深部。

 ラージャルが群生する少し開けたところに、灰色の毛並みの影が二つ。

 数キロ先の音を聞き分ける耳。

 僅かな香りさえも逃さず感じ取る鼻。

 そしてもふもふの鍵尻尾。

 人型(・・)に狼の特徴を混ぜ合わせたような風貌の二人は、知性を感じさせる瞳で互いを見据え、会話を交わす。


「がぅ、魔法使い、きた?」

「がぉ、たぶん、きてる」


「がぅ、どうするの?」

「がぉ、こっちまでくるなら、仕方ない」


 彼らは"突然変異種(イレギュラー)"、魔法使いと飢餓狼の混血児。月明かりがラージャルを照らす。

 そのスポットライトを浴びながら、彼らは高く響く声でいた。

 まるで狼のように。




タクム lv3

 ジョブ:建築家(アーキテクター)lv7(up!)


 魔法:『浮遊』『伐採』『分配』(new!)


ナタリー lv3


 魔法:『浮遊』『風刃』『光矢』『光源』『水銃』(new!)



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